鏡の中の黄昏蝶28話〜
□30‐A.君の逆鱗
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「ちょっ……、ちょっと待って下さい!」
「いいや待たないね、早く鏡を見つけて元の世界に戻らないと……っ!」
このみは朝早く、大輔に手を無理やり引かれて街中を走り回らされていた。
異世界人2人が連れ立っていると否が応でも目立つのだが、このみも大輔も周囲の視線を気にしている余裕などない。
大輔は何が目的なのか、しきりにキョロキョロと街並みを見渡している。
そんな彼に痺れを切らしたこのみは、とうとう大きな声を出した。
「待って下さいってば!」
足を踏ん張って、このみは大輔に掴まれていた腕を無理やりほどいて立ち止まった。
このみを振り返る大輔の顔には、焦りと苛立ちの色が表れている。
「何!?」
「どうしてダンテに何も言わずに家を出るんですか!?」
このみと大輔の隣にダンテはいない。
彼が寝ている間に家を抜け出て来たのだ。
「だってあの人、半分悪魔だろ?悪い人ではなさそうだけどさ……この世界に君や俺を連れてきたのも悪魔だよ。
そんな血が半分流れてる奴を簡単に信じられるわけないだろ?」
「ダンテはそんなんじゃないです!」
ムキになってこのみは言い返す。
「昨日だって、わたしたちを助けに来てくれたじゃないですか!
ダンテはわたしがこの世界に来てからずっと面倒をみてくれてるんです……!」
「……あのさ、昨日から思ってたけど、伊勢さんってあのダンテって人のこと好きなの?
だって、あんまりゲスいこと考えたくないけど、一緒に住んでるってそういうことだよね?」
「…………っ!?」
思わず口ごもったこのみを見て、大輔は呆れたような顔を作った。
「図星?君のそれって何て言うか……ストックホルム症候群みたいなものじゃないの?
それか吊り橋効果」
「……ストックホルム症候群?」
「誘拐犯に同情したり恋心抱いたりするアレ」
大輔の言葉に、このみは顔がカッと熱くなるのを感じだ。
恥ずかしいことに、怒りのあまり泣きそうにすらなる。
「違います!わたしは誘拐されたわけでも無理やりあの家にいるわけでもありません!」
自分の意思で、このみはダンテの事務所に残ることを選んだのだ。
色んな出来事を通してダンテを知っていって、そんな日々を積み重ねた結果が今だ。
いさかいやすれ違いもあったけれど、それ以上に彼と共にいることに幸せを覚えた。
それは紛うことのないこのみの本心だ。
大輔に腹が立つやらうまく説明できない自分が情けないやらで、真っ赤な顔で泣きそうになるこのみを見て、大輔は慌てた。
「っと、ごめん、泣かせる気はなかったんだ。ただ、伊勢さんは本当に帰る気があるのかなって……」
「……どういう意味ですか」
「だって本当にあの……ダンテって人が好きなら、帰りたくないんじゃないかって思ったんだ」
その言葉を受けて、このみはムキになって否定する自分の態度そのものがダンテへの気持ちを表しているのだと気が付いた。
怒りで赤くなっていたこのみの頬は、今度は恥ずかしさで熱を持つ。
「……帰ります。今までずっとそのつもりで鏡を探してたから」
「ならいいんだけど」
大輔も少し言い過ぎたと思ったのか、気まずげな顔で鼻の頭をかいた。
そして早朝の街中を見渡す。
「……さて、俺はどうやってこの街にきたんだったかな」
「佐藤さんはトラックの荷台の中にいたんですよね。
そうなるとどこを走っていたのかも分からないんじゃ……」
「しかも寝てたしね。今日も同じトラックが走ってたり……しないよなぁ……」
勇んで歩き回っていたはいいが、大輔の目的はやすやすと達せられそうにはなかった。
「佐藤さん、やっぱりそう簡単にジャンの場所を突き止めるのは無理です。
それにまた2人でいる時に襲われたら対処できませんし、屋敷を見つけてもわたしたちの力じゃジャンに歯が立ちません」
「うん……」
言外にダンテの元へ戻ろうとこのみは言っているのだが、大輔は頷きながらもまだ渋い顔をしている。
「……ダンテは良い人ですよ。3年近く一緒にいたから分かります」
「君にとってはそうかもしれないけど、俺は明らかに目の敵にされてる気がするんだよなぁ……」
大輔は溜め息をついた後、またぶらぶらと歩き出す。
このみは大輔が事務所に戻るつもりはないのだと判断したのだが、彼を1人にするわけにもいかないので、仕方なく後について行った。