鏡の中の黄昏蝶28話〜
□30‐B.受け止められない現実と受け入れた身体
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ジャンと相対するためにどの魔具を用いようかと考えた時、思いついたのは一番自らの手に馴染んだリベリオンだった。
糸の先はそれほど遠いわけではないが、気軽に歩いて行けるような距離ではなく、ダンテはバイクで向かうつもりでいた。
リベリオンを使おうと思ったのは、魔具をバイクで持ち運ぶのは無理でも、これならダンテの意思で呼び寄せられるからだ。
早朝の事務所の中でエボニーとアイボリーのチェックも済ませて、ふと視線を感じて顔を向けたところに、アグニとルドラがあった。
何かにつけて喋りたがるこの魔具を疎ましく思うことも多々ある。
けれどこのみと出会ったばかりの頃、通訳代わりにもなってくれたこの双剣に、不本意ながら感謝に似た気持ちを抱かないではない。
どこに焦点を定めていたのか分からない二体の瞳は、どうやらソファーでぐったりしているこのみを捉えていたらしい。
ダンテに向かってそっと呟く。
「このみ、弱っておるな」
「弱っておるな」
「……分かるのか?」
いかにも鈍感そうなこの二体も、このみの状態を計る程度の細やかさは持ち合わせていたようだ。
「このみは悪魔に影を取られたんだ。
そのせいであんなにぐったりしてるのか?」
「影のない人間など存在せぬ」
「存在せぬな」
「影がないとどうなる?どうすればこのみを助けられるんだ?」
魔具相手に何を真面目になっているのだろうかとダンテ自身も思うが、
このみが少しでも楽になれるのならどんな情報だって得たかった。
ただし尋ねた相手が悪かった。
「影とはもう一人の自分だ。影のない人間は洞のようなもの」
「弟よ、ウロとは?」
「洞とは……」
相変わらず悪魔との会話は噛み合わない。
こちらはどうすればこのみを助けられるのか尋ねているというのに、肝心の方法は全く口に出さないことにダンテはイライラした。
洞というと、幹の内部が腐って空洞になった木のことだろう。
ということは、このまま放っておけば中身が空っぽのこのみの体だけが残されるということだろうか。
……それは"死"とどう違うというのだろう。
「だから……どうすればこのみは助かるんだよ!」
「知らぬ」
「知らぬな」
……聞いた自分が馬鹿だった。
うなだれるダンテに向かって、間延びした口調でアグニとルドラは言う。
「影を取り返せばこのみは回復するのではないか?」
「それまで保つか分かんねーんだよ」
「ならば別の何かでこのみの生命力を補うか」
「……別の何か?」
考えたところで思いつかなかった。
"生命力を補うための別の何か"なんて抽象的なことを、のんびりと考えている余裕もない。
「……もういい。さっさとジャンをぶっ倒して影を取り戻せば済む話だ」
ダンテはアグニとルドラに背を向け、ホルスターに二丁の銃を収めた。
拭いきれない不安を無理矢理振り払うように、努めて明るくこのみに言う。
「このみ、行けるな?」
「……うん」
力なく頷いたこのみは、ソファーからよろよろと立ちあがって、ドアへと向かう。
事務所を出たダンテはバイクに跨って、このみを後ろに乗せた。
このみがまだ覚醒しているうちに距離をかせいでおこうと思ったのだ。
「いいか、辛くなったらすぐに言えよ。まだ平気か?」
「……だいじょうぶ」
ますます顔色の悪いこのみは、ダンテの背後でもったりと頷く。
彼女が途中で落ちてしまわないようにベルトで固定して、ダンテはバイクを発進させた。