鏡の中の黄昏蝶28話〜
□31‐A.罪滅ぼしがようやく始まる
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* * *
街中を一人歩いていたダンテは、糸を通して伝わるこのみの心拍音に気が付いて顔を上げた。
空気に混ざって、悪魔特有の臭いが微かにする。
まさかと思って、ダンテは慌てて踵を返した。
「っ!危ねえな!」
人にぶつかりそうになって文句を言われたのを無視してダンテは走る。
周辺の人通りは決して少なくない。
――昼間だからといって油断していた。
明るくて人目の多い場所なら、ジャンもそうそう手出しできないだろうと思っていたのだ。
街の中を駆け抜けるダンテは、角を曲がろうとした際に、同じく角の向こう側から駆けてきた男とぶつかりそうになった。
「うわっ!」
驚く男の声がする。
彼と接触する直前に飛び上がって、ダンテの体は男の頭を飛び越え、彼の背中側の地面に着地した。
時間が惜しいあまり、振り返らぬまま走り出そうとしたダンテの背中に、追い越した男の声が響く。
「ダ、ダンテさん!?」
「!大輔か!」
聞き覚えのある声に振り返ると、顔色が真っ青な大輔がいた。
「はーっ、良かった、また悪魔に挟み撃ちにされたかと……」
「おい、このみは!?一緒じゃないのか!」
「悪魔の気配がしたんで逃げてきたんです……!伊勢さんとは別々で……って、ちょっと!」
そこまで聞いて、ダンテは大輔を置いて走り出した。
大輔は遅れながらもダンテについてくる。
「伊勢さんも悪魔の気配、分かるんですよね!
なら無事に逃げきれてるんじゃないんですか!?」
そうだと思いたいが、それなら何故こんなに糸が反応している?
どうか無事でいてくれと祈りながら走っていたその時、ダンテは唐突に足を止めた。
「ど、どうしたんです!?」
追い越しかけた大輔が慌てて立ち止まる。
その声も耳に入っていないのか、ダンテは愕然とした表情でその場に突っ立っているだけだ。
「ダンテさん、追わないんですか!?」
「………………っ」
追わないのではない、追えないのだと説明する余裕もなかった。
糸は切れていない。
このみも無事だと分かる。
けれど糸の繋がる先が"この空間ではない"。
ダンテの視界に映る糸の先は、ここではないどこかへ繋がっていた。
「大輔……お前このみが逃げるところ見たのか」
「え?いや……"逃げて"って声かけただけですけど……」
その言葉に舌打ちしたダンテに、大輔は怯えて後ずさる。
大輔のそんな様子を目の前にすると、イライラしてどうしようもなかった。
このみは、大輔を助けたのに……。
この男は自分の身を優先したのか?
このみの安全を図ろうとは考えなかったのか?
(……違う)
大輔を責めてもしょうがない。
何であの時目を離したんだろう。
昼間なら安全だと思い込んでいた?
子供っぽい嫉妬心なんかかなぐり捨てて、彼女の傍にいれば良かった。
ジャンがまたこのみや大輔を狙ってくるだろうという事は分かっていた。
なのに悪魔に対抗できない彼らを二人きりにしたのは自分の落ち度だ。
「あの、ダンテさん……伊勢さんってまさか……」
大輔はようやくとんでもない事態になっていることに気が付いたようだ。
その顔は徐々に青ざめていく。
二人で歩いて、喫茶店の近くまで戻る。
その途中で、蝶の死骸が残っているのを発見した大輔は、へなへなとその場に座り込んだ。
夏場の空に蝉の鳴き声だけが、ただ空しく響いていた。