鏡の中の黄昏蝶 Another Story

□3.お別れ懺悔
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* * *


このみは14時間の時差ボケで辛いだろうに、母親と一緒に料理ができるのが嬉しいのか、
その顔に疲れなど感じさせずにキッチンに立っている。

俺は元々生活習慣乱れまくりだったから、今のとこなんともないけど。


暇を持て余す俺を気遣って、英語音声の映画のDVDとかいうのをテレビで流してくれている。

それは結構なんだが……。
映画よりも俺に構ってくれるほうがずっといいんだけど、何せ数か月ぶりに家に戻れたのだから、そういうわけにもいかない。

つうか、このテレビめちゃくちゃ薄いんだけど、どうなってんだ?


『ダンテ君、ちょっと』


このみの親父さんが、リビングを出たところから俺を手招きしている。
元々暇だった俺は、首を傾げながらも彼の元に向かった。

親父さんはこのみに声が届かないよう、和室に俺を通した。
この下の妙なにおいの緑の床は、タタミだな。初体験だ。


「改めまして、このみの父です」
「……ああ、英語できるんだ」
「海外に出張してたこともあるからね」


ってことは、このみに「養って」とか言ってたのも聞かれてたか?
アレ冗談だよ、お父さん。


「あの、君本当に異世界の人なのか?っていうかソレ、コスプレ?銃刀法違反だよね」
「これ?気になるんなら置いとくけど」


背負っていたリベリオンを下ろして、ホルスターの中のエボニーとアイボリーもそこに置く。


「モデルガンとか模造刀じゃ……ないよな?」
「試しに撃ってもいいけど?家に穴開いてもいいなら」
「……それは勘弁してくれ」
「俺が異世界人かどうかは、信じてくれとしか言えない。鏡から出てきたところ見たんだろ?」


傷が治るところ見せるとか魔人化してみせるとか、色々方法はあるけど、さすがに初対面でそれ見せたらドン引きだよなぁ。
そもそもそれは俺が半魔であることの証明であって、異世界人としての証明ではないし。

それでも十分この世界の住人ではないことの証にはなるだろうが、
俺の世界の人間全員がこんなだと思われるのも何だ。


親父さんは初めて俺を見た時ほどではないが、軽く疑い混じりの目でこちらを見ている。


「……このみはその、鏡の向こうの世界でどんな生活を送っていたんだ?
三食きちんと食べていたのか?
英語圏で暮らしてたみたいだけど、こっちの国のどこかではないんだよな」
「何かこっちの世界と俺の世界、形だけは微妙に似てるらしい。
根本的なところは全然違うみたいだけどな。このみは俺んちにずっと居候してた」
「君の家に?まさか君と二人暮らし?」


親父さんの目に剣呑な色が宿る。

こ、こわぁ。
これが床に這いつくばって礼をしてた人かよ。
まあ年頃の娘がいる親としては当然っちゃ当然……なのか?


「まさかとは思うが、うちの娘に……」
「誓って何もしてない!」


額にキスとかはあったけど、それって「何もしていない」の範疇だよな?


「君、いくつ?」
「19」
「一緒に暮らしときながら、19の男が、18のこのみに何もしてない……だと……?
うちのこのみがそんなにも魅力がないと?」


めんどくせーよこの人!
何かあってほしいのかほしくないのかどっちだよ!


「失礼だが、仕事は?」
「えーっと、便利屋だから……自由業?」
「便利屋?何だそれは、探偵みたいなものか?19で?」
「………………まあ、そんなところかな」


本当は全然違うけど……。


「それにしても、何故言葉もろくに通じないような、身元不明のこのみを保護しようと思ったんだ?
そっちの世界にも警察のような組織はあるんだよな。そっちに預けようとは思わなかったのか?」
「……いったんそうしようとは思ったんだ。けど、なんつーかこのみ、狙われてたから。
俺んちなら警察に預けるよりも、このみを守り通せると思った。
……俺も家族がいないから、急に一人にされたこのみに同情した、みたいなのが始まり」


嘘偽りなくそう言うと、親父さんは黙り込んだ。
俺にさんざん言いたい放題言ったことを、少し後悔しているみたいだった。


「……このみが狙われてたっていうのは……」
「もう心配ないんじゃないか?鏡を通る前にその親玉ぶっ飛ばしてきたから」
「そうか……」


親父さんは一つ頷くと、改めて俺に向かって礼をした。
今度はこのみというフィルターなしに、俺に頭を下げているのだと分かった。


「……ありがとう。このみ、傷一つなかった。
このみがダンテ君のことを信頼しているのは、その言葉からよく分かってたんだ。
俺もダンテ君が元の世界に戻れるよう……もし戻れなくても、力を貸そう。
君はこのみの恩人なんだから」


……ああ、やっぱり俺、こういうの慣れてないな。

差し出された手を戸惑いながら握り返す俺を見て笑う親父さんに、俺はうまく笑みを返せただろうか。


「……色々あったけど、このみはあいつなりに元の世界に戻ろうと頑張ってたよ。良い娘持ったな」
「ああ……」


肯定しても親バカだとは俺は思わない。
親ってそういうもんなんだろう。
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