鏡の中の黄昏蝶 Another Story

□6.ひとりきりの世界にやってきた新しい世界
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* * *


一時は本気でこのみを向こうの世界に連れて行ってしまおうかと考えたけれど、
さすがにせっかく元の世界に帰れたのを、両親の承諾もなしに連れて行ってしまうわけにもいかなかった。

それに、やはりこのみがいるべきなのはこの世界だと俺は思うから。


俺とこのみは、あの後家に戻って彼女の母親に訴えた。
「このみが嘘を吐かなくてもいい場所に行きたい」と。


お袋さんは泣いて娘を抱きしめて、そして頷いた。
このみを心配していたのは、当然俺だけではなかったのだ。


帰宅した親父さんを含めて話し合いをして、両親は本気で引っ越しを考えていたみたいだが、それはこのみに反対された。
育ってきたこの家に愛着があったようだし、何より風呂場の鏡のことを心配していた。


だから……少しの休養を取るつもりで、このみは祖父母の家に行くことになった。



* * *


「新幹線!すげえ、速ぇ!耳痛ぇ、何これ」


新幹線初体験の俺は、窓際にべったりと張り付きながら、もの凄い勢いで背後に流れていく風景を眺めていた。
向こうじゃ鉄道よりも飛行機や車のが主流だから、もうあらゆるものが新鮮に見えてしまう。

このみは子供のようにはしゃぐ俺を見て、苦笑しながら言った。


「こんな所まで付き合わせて、ごめんね」
「いんだよ、親父さんから直々にお前の監督役頼まれたからな」


こすいこと言えば、経費は伊勢家持ちだから俺は心配することなんて何もないのだ。
このみの実家から離れることで、当分向こうの世界には帰れなくなってしまうが、
元々数か月単位で依頼ナシもザラだったので、必要な時に帰れさえすれば、しばらくこのみに付き合うのも悪くない。

それに行き先が祖父母の家とは言え、このみの両親が異世界人であるはずの俺に、大事な娘を預けるくらい信用してくれていることは素直に嬉しいと思える。
恐らくこのみが向こうで何していたか知っているのが俺だけだったから、一緒に祖父母の家に向かわせようとしたんだろう。


「なんだか旅行みたいで楽しいね」
「俺お前いないとマジで野垂れ死ぬから。案内よろしく」


何しろ日本語分からない、密入国(?)、俺が生きてた時代とズレてるの三重苦。
一度このみとはぐれれば、連絡手段を持たない俺が路頭に迷うことは必至だ。

このみの支えになれているのかイマイチ不安なわけだが、
地元から離れて新幹線を満喫する彼女は、今のところ楽しそうに見える。

鞄から菓子なんか取り出して、呑気に食ったりしている。


「……って、また劇物食ってんのかよ!?」
「これは梅干しじゃないよ、干し梅だよ」
「どっちも同じじゃねーか。つうか、コンブとかやたら渋いのばっかに見えるけど何で?」
「だって向こうだと食べられなかったんだもん。あ、キャラメルならあるよ。これならダンテも食べられるよね」
「このみはこっち帰ってきてから塩分過多なんじゃねーの?」


味噌汁にしろ、漬物にしろ、和食は塩っぽい味付けが多い。
このみが来る前はピザ三昧という不摂生な生活なしてた俺が言える立場ではないが。

俺はキャラメルを口の中に放り込みながら、干し梅とやらを齧るこのみを理解できない目で眺めていた。
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