鏡の中の黄昏蝶 Another Story
□7.嘘は最後まで聞いて
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* * *
「ダンテ、今までありがとう。わたし勉強頑張って、きっと大学に合格してみせるね」
「ああ、頑張れよ。それでこそこのみだ」
「あの……予備校がお休みで、時間が空いたらそっちに遊びに行ってもいい?」
「もちろん」
俺が即答して頷くと、このみも頬をほんのり赤らめて嬉しそうに笑う。
……そんな風に笑われると、別れが惜しくなるんだけど。
じいちゃんとばあちゃんの家から帰ってきた俺たちは、このみの両親にもう一度受験したいという事を話した。
彼女の両親はやっぱり泣きながら、それでも頷いて「頑張れよ」と言ってくれた。
このみは、本当に良い両親を持ったと思う。
このみは家に戻って、高校の時に通っていたのとは別の予備校に通うことにしたそうだ。
前の予備校だと、家出うんぬんのことが知られているから。
狭い世の中だし、このみの失踪は去年の話だからバレるのも時間の問題だろうが、
それでもこのみは「頑張る」と俺に笑った。
このみの家の風呂場で、4時44分になるのを待っていた俺は、時計が43分50秒を指したのを見て鏡の前に立った。
受験生な彼女を邪魔しないよう、しばらくこちらには顔を出さないつもりだけれど、どれくらい持つだろう。
「じゃ、そろそろだから」
「うん……」
別に今生の別れじゃないんだから……。
会おうと思えばいつでも会えるんだから、そんな泣きそうな顔するなよ。
俺はこのみの頭を撫でて、その唇に軽くキスをする。
驚いて目を見開いた後、泣き笑いのような顔で微笑んだこのみの顔を目に焼き付けた俺は、光り始めた鏡の中に飛び込んだ。
暖かな光の中を通り抜けた俺は、一月以上放置していて埃が目立つ床の上に降り立つ。
すぐに背後にある鏡を振り返って、その光が収束するまでじっとそれを眺めていた。
一分を迎えて、鏡の光は徐々に弱くなり、最後には俺の姿を静かにその表面に映しだした。
「………………」
小さく溜息を吐き出した俺は、鏡から視線を外し、若干懐かしさすら感じる我が家を振り返った。
窓から差し込む月明かりに照らされた俺の事務所。
一月ほどいなかっただけで、なんだか凄く荒れ果ててしまったように見える。
この事務所もついこの間まではこのみが掃除してくれていたのだと思うと、何だかどうしようもなくやり切れない思いが俺を襲う。
……とりあえず、掃除しないとな。
俺が動き出そうとしたその時、静寂に包まれていた事務所に、突如電話のベルが鳴り響いた。
こっちの世界では深夜だというのに、こんな時間にかかってくるような内容と言えば。
俺は受話器を取り、耳に当てた。
――合言葉、アリだ。
帰って早々、仕事とはね。
でもまぁ、そんな展開も嫌いじゃない。
庭いじりや日曜大工にこき使われてた俺だが、本業はデビルハンターだぜ。
鈍ってる腕叩きなおす良い機会だと思っとくか。
それにこのみのためにも、多少は貯えのある男になっときたいもんだ。
「さて、今夜の俺はヤル気満々だぜ!」
ホルスターに二丁の相棒を、背中に剣を携えて、俺は事務所のドアを蹴破る。
不気味に輝く赤い満月の下、人に知られず跳躍する悪魔共の息の根を止めてやろうと、
俺は不敵に笑いながらスラム街を駆け抜けた。