鏡の中の黄昏蝶1話〜27話

□鏡の中の黄昏蝶2
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* * *


ソファの隅っこに身を寄せている少女は、ダンテに返して貰った鞄を抱きしめ、俯いたまま一言も発しようとはしない。


ダンテはため息をつきたくなるのを我慢しながら、少女に話しかける。



「俺の名前はダンテ。お前は?」
「………………」


ひょっとして、英語が分からないんじゃないだろうな。


「おい、なんとか言ったらどうなんだ」

返事がないことにイライラして、少しキツめの言葉で言ってやると、目の前の少女は明らかに怯えた様子を見せた。


(言い過ぎだったか?)

ダンテが焦ると、少女は怯えながらも小さく口を開いた。


「……このみ」
「……あ?今なんて?」
「……このみ、伊勢」
「ええと、……このみ、であってるか?」


ダンテには発音し辛い名前を呼んでやると、少女は小さく頷いた。
どうやら言葉が通じないわけではないらしい。



「とりあえず、何か飲むか?まともなもんはあんま置いてないが」
「……?」

このみと名乗った少女は顔を上げ、首をかしげた。


冷蔵庫へ向かったダンテをこのみの視線が追う。
見たところ子供なので、ジュースなら飲むだろうかと思い、
グラスにオレンジジュースを注いでこのみの前のテーブルに置いてやる。



「…………」



このみは警戒心いっぱいの瞳でグラスを睨んでいる。

「何か盛ってるとか思ってんのか?」


抑えきれなくなったため息をついたダンテは、グラスを掴むと一口飲んで見せる。

「ほら、なんともないだろうが」


そう言ってグラスを押しやると、このみはおずおずといった様子でグラスを受け取った。


……が、眺めているだけで口をつけようとしない。


「飲め」
またしてもイライラとしてダンテがそう言う。


このみの視線はダンテとグラスの間を行き交うが、やはり飲もうとしない。

「……飲めって言ってんだろ」

少し凄んでそう言うと、このみは再び怯えたような表情を見せ、それからやっとグラスに口をつけた。


……なんだか脅して飲ませているようで、少し後ろめたい気分になる。



このみは一口飲んでしばらく思案した。
ダンテが無言で圧力をかけると、ちらとダンテを見た後、このみはゴクゴクとグラスを飲み干した。


どうやらのどが渇いていたらしい。


ダンテが2杯目を注いでやると、今度はまじまじとダンテの顔を見た後、それを飲み干した。
3杯目を注ぎ足していると、聞き取りづらい、不明瞭な発音でこのみがダンテに問いかける。


「……えっと、ここは、どこですか?」
「ここ?俺の事務所」

そう答えると、このみは困ったように眉を寄せた。



「どこの国、ですか?」
「………………」


こいつ、国単位で迷子なのか?
呆れたようにダンテが見やると、このみは泣きそうな顔で俯いた。


「……わたし日本人です」
「まあそのカチカチした発音聞いてると、そうなんだろうな」
「日本にいました」


さっぱり話が見えない。


「お前留学生か?」

このみは首を振る。

「それとも観光客?」

やはり首を振る。


「じゃあ何なんだよ?」
「あの……わたし……」

うまく言葉にできないのか、彼女自身にもよく分かっていないのか、それともその両方なのか。


「うーんと、鏡を通って……」
「鏡ィ?」


何を言いたいのか全然分からない。
一応英語は話せるらしいが、詳しく説明しろと言われると無理なようだ。



このみは口で説明することを諦めたのか、鞄からノートとペンケースを取り出した。
傍らに、手帳ほどのサイズの変な機械を開いて置く。


「なんだそれ」

ダンテの質問を黙殺して、このみは機械に指を走らせ、それを見ながらノートに文章を書き始める。
しばらく眺めていると、どうやらその機械は辞書のようなものだということが分かった。


「すげえ、なんだこれ。最近の辞書はこんなに進化してたのか?」

純粋な驚きでそう口にしたのだが、このみは何か物を問いたげな顔でダンテを見た。
が、すぐにノートに視線を戻す。



しばらく待っていると、このみが文章を書き上げたらしい。
差し出されたノートを受け取り、書かれた英文に目を走らせる。


もって回った言い回しでところどころ文法もおかしな部分があるが、
一応理解はできる英文がそこには書かれていた。


「あー……あんまりスマートな書き方じゃないが……。
えーと、つまりお前はさっきまで日本の学校にいて、帰ろうとしていた。
そしたら鏡の中に引っ張られて、気が付くと知らない店の中にいた。
なぜか蝶が追いかけてくるので、逃げてたら迷った……OK?」
「?」

要約してそう問いかけるが、一気に喋ったのでこのみは聞き取れなかったようだ。
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