鏡の中の黄昏蝶1話〜27話

□鏡の中の黄昏蝶4
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* * *


ダンテたちが通されたのは、こじんまりとしたソファとテーブルが置かれた個室だった。
元々言葉が流暢でないこのみは部屋に入るまでずっとだんまりで、心なしか顔色が悪い。
そういえば彼女は徹夜状態で歩き回っていたのではないだろうか。
時差ボケで体調不良なのかもしれない。


「よお久しぶりだな、ダンテ」
「マーク」
部屋に入ってきたのはダンテの顔見知りの警察官マークだった。
以前悪魔を狩っている最中に出会った中年の男だ。

当然、悪魔の存在も知っている。
この男ならば多少は話が通るかもしれない。


「この署ならお前がいると思ったよ」
逆に言うと、この署にマークがいると知らなかったらついて来ていなかったかもしれない。


「なんだお前、何かやらかしたのか?」
「俺はただの付き添いだよ。用があるのはこの子だ。"あ"から始まるやつに巻き込まれたみたいでね」
マークはその言葉を聞いて、「自分が事情を聞くから」と他の警官を部屋から追い出した。


全ての警官が出て行った後、マークはこのみの正面のソファにどっかと腰を下ろし、調書のための用紙を広げ、ペンを握る。


「とりあえず、名前を聞こうか。お嬢ちゃん」
マークの言葉にこのみは不安げな表情で自分の名を口に出す。
「……このみ。苗字は伊勢です」
「年齢は?」
「今年で、18です」
「は!?じゅうはち!!??」



急にダンテが大声を出したので、このみとマーク二人が同時にダンテを振り返った。
「何でお前がそこで驚くんだ」
「いやだってどう見ても13、4だろ……。俺の1個下?はは、まさか」


今まで子ども扱いされていたことが分かったのか、このみは若干むっとした表情を見せる。
そこでダンテはまじまじとそのこのみの顔を見、ぼそりと呟いた。

「…………詐欺だ…………」


衝撃を受けているダンテをよそに、マークはこのみに住所を尋ねている。
馴染みのない地名なので聞き取るのに苦労しているようだ。
このみは辛抱強く一音づつアルファベットを声に出して教えてやっている。


ようやく住所を聞き取り終えたマークは、さて、と前置きした。


「……悪魔に巻き込まれたとかいう話だったが、どういうことか説明できるかい?」
いよいよ本題に入るということで、マークはこのみのほうへ身を乗り出した。

悪魔という単語を聞いて思わず緊張し、身を硬くしたこのみを庇うように、ダンテが口を出す。
「こいつ英語得意じゃないんだ。その辺は俺が説明する」


いいな、と確認を取ると、このみは頷いた。




まず、14時間前までこのみは日本にいたということ。
学校にあった鏡を通って、なぜかこの地へ来てしまったこと。
蝶の形の悪魔に追われて、逃げ回っていたこと。
別の悪魔に襲われているところをダンテが助けて、保護したこと。
このみが通ってきた鏡を探して一日歩いたが、見つからないこと。



かいつまんでダンテが説明すると、マークは半信半疑といった様子でソファに深くもたれかかった。
こんなフィクションめいた話、調書に書くわけにはいかないとばかりにペンを投げ出す。


「……悪魔なんてもんがいるんだから、そんな物理法則完全無視した鏡があっても不思議じゃないが……。
疑いたくはないがそのお嬢ちゃんは本当のことを言ってるのかね?」
「そのあたりは俺からはなんとも。ただ、蝶の悪魔に追われてたのは本当みたいだな。死骸があった」


ダンテとしても徹頭徹尾このみの言うこと全てが真実だとは思っていない。
何しろ相手の英語力は不十分で、ダンテがこのみの意図を汲み取りきれていないかもしれないのだ。
それに理由はともかくとして、このみが故意に嘘をついている可能性もなくはない。



「とりあえずご両親に連絡を取るのが先だろう。国際電話。お前思いつかなかったのか?」
「……あ」

国際電話。
鏡を探すことを第一に考えていたから、まずこのみの両親に連絡を取るという考え自体思いつかなかった。
たとえ思いついたとしても国際電話のかけ方なんてダンテは知らないのだが。



マークは使えん奴だと言わんばかりに失笑すると、このみに向き直った。
「お嬢ちゃん、家の電話番号は分かるね?」
「……えっと……」
言うより書いたほうが早いと思ったのか、このみは鞄からノートを取り出して、そこに数字を綴る。

「部下にかけさせよう」
ノートを受け取ったマークは一旦部屋を出て行き、またすぐ戻ってきた。



マークはソファに体を沈めると、「やっかいなことになりそうだ」とダンテに愚痴る。


「渡航情報が記録されてないから、日本へ戻るには時間がかかるかもしれないな。
パスポートもなしに入国だぞ。このことが公になったら大問題だ」
「国は悪魔に関する本を禁書に指定する程度には悪魔の存在知ってるんだろ?
それなら口外厳禁とか約束させてこっそり帰してくれるかもしれねーじゃん」


悪魔のことが書かれた書物は、それなりの数が存在する。
ただ、それらは根拠のないインチキだとして図書館などには置かれていない。
実際、想像で書いたとしか思えないうさんくさい本だってたくさんある。

しかし中には真実をつづった本も少数ながら存在するのだ。
そういった本は禁書に指定され、一般人が容易に閲覧することはできない……という話をレディから聞いたことがある。


「……そんなに甘いかね。正直言って俺の管轄外だ」


ダンテがマークと言葉を交わす横で、このみは俯いたまま祈るように手を組んで、目を閉じていた。
両親と連絡がとれるかもしれないというのに、あまり興奮した様子を見せないことに、ダンテは小さな疑問を覚える。



やがて部屋のドアがノックされ、このみのノートを持った不審そうな表情の警官が顔を覗かせた。
「あの……マーク警部」
「繋がったか」
「いえ、あの…………」


歯切れの悪い物言いをする警官に、マークは顔をしかめる。
「どうした、繋がらなかったのか?彼女の両親は不在か?」
「そうではなく……電話番号が"存在しない"んです」

「は?」
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