鏡の中の黄昏蝶1話〜27話

□鏡の中の黄昏蝶6
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* * *

レディと買い物を終えたこのみは、日のあるうちにダンテの事務所へ戻ってきた。
ダンテは出かけているのか、中には誰もいない。

『ダンテはまだ戻ってないみたいね。
私はもう行かないといけないんだけど、一人で待てる?』
『…………』


正直言うと、ダンテの事務所に独りでいるのは怖い。
壁に飾られている武器や、悪魔の生首のようなオブジェの数々……。
あれを見ていると、蝶や骨董品店の影を見たときと同じように、恐怖心が沸き起こるのだ。


もっと言うとダンテと二人になるのも怖い。
彼には、蝶や影ほど明確ではないが、言葉にできない恐ろしさを覚える。
それに剣が独りでに彼の手の中に納まったり、人間離れした動きをしたり、考えれば奇妙なことばかりだ。

……決して悪い人ではなさそうなのだが。


今日一緒に行動していたレディに関しては、特に怖いとは思わない。
街を歩いている人々と同じような違和感を覚えるだけだ。


初めは悪魔が近づくと恐怖心を覚えるのかと思っていたが、
ダンテは見た目に関しては人間にしか見えないし、マークという警察官も、レディも彼と普通に接している。
だから何か……別の理由でもあるのかと思うのだが……。



『それじゃあ私はもう行くから。
ドアは……壊れてるけど、戸締りしっかりね』

レディは買った荷物をテーブルに置くと、このみの手を握った。


『私がこっちへ帰ってくる頃には、きっと日本へ戻れているわよね。
早く、お父さんとお母さんに――会えるといいね』


レディの手は温かい。
その温かさで家で心配しているであろう両親を思い出して、鼻の奥がツンとする。


レディはこのみの頭をくしゃくしゃと撫でた。


『じゃあね。頑張ってね、このみちゃん』


レディの温かさが離れていく。
このみはレディを追って、ドアまで彼女を見送る。


『あの……本当に、ありがとうございました』

このみの礼に、レディは笑って手を振った。





一人事務所に残されたこのみは、疲れた足を労わってソファに座る。
昨日も散々歩いたし、今日も買い物で歩き回ったから、足が筋肉痛だ。
せめてゆっくり湯に浸かりたいと思うのだが、使わせてもらっている側で我侭は言えない。


このみは体の凝りをほぐすように、思い切り体を伸ばす。
その際、壁に飾られた武器が目に入る。


またざわりと鳥肌が立つ。


このみは慌てて目を逸らすと、テーブルに置いてあった、買ったばかりの荷物を手に取った。
新しい下着を買えたのはありがたかった。
今朝風呂を使わせてもらった時は、替えがないので仕方なく同じものを身に着けたが、
これでようやく新しいものに着替えられる。



下着や日用品を買ったはいいが、あとどれだけこの地にいることになるのだろうか。
昨日は警察に相談したが、どうもそちらから得られる情報はないとこのみは確信していた。


警察署で何気なく読んだ新聞紙の日付け。
その年号が19から始まるのを見て、衝撃を受けたと同時に妙に納得する自分がいた。


街を見た時このみが覚えた違和感の正体はこれだったのだ。
ここはこのみが生きていた時よりも過去の時代で、
だから家電も車も人々の服装も昔のものだし、ダンテが電子辞書や携帯を見たことがないのも当たり前の話だ。


もしこの世界の日本に戻れたとしても、このみの家はきっとないだろう。
このみの家に電話をかけたって、誰も出るはずはない。


このみが元の世界に戻れるとしたら、それはもう一度あの鏡を潜った時なのだと思う。



このみが未来から来たと言えば、ダンテは信じるだろうか。
鏡を通ってここまで来たのだから、時代を遡っていたとしても不思議ではないかもしれない。
今まで何となく言い出せずにいたが、このみが元の世界に戻れるように協力してくれているのだし、
きっと相談した方がいいだろう。


それに、どこか恐ろしさを覚える一方で、彼を信じたいと思う自分がいる。
このみを助けてくれたから。話を聞いてくれたから。たくさん協力してくれたから……。



「……よし、帰ってきたら、相談するぞ」



自分に気合を入れるように、日本語で呟く。
そうと決まれば、今のうちになんて説明するか考えておかねば……。
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