鏡の中の黄昏蝶1話〜27話
□鏡の中の黄昏蝶6
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レディと買い物を終えたこのみは、日のあるうちにダンテの事務所へ戻ってきた。
ダンテは出かけているのか、中には誰もいない。
『ダンテはまだ戻ってないみたいね。
私はもう行かないといけないんだけど、一人で待てる?』
『…………』
正直言うと、ダンテの事務所に独りでいるのは怖い。
壁に飾られている武器や、悪魔の生首のようなオブジェの数々……。
あれを見ていると、蝶や骨董品店の影を見たときと同じように、恐怖心が沸き起こるのだ。
もっと言うとダンテと二人になるのも怖い。
彼には、蝶や影ほど明確ではないが、言葉にできない恐ろしさを覚える。
それに剣が独りでに彼の手の中に納まったり、人間離れした動きをしたり、考えれば奇妙なことばかりだ。
……決して悪い人ではなさそうなのだが。
今日一緒に行動していたレディに関しては、特に怖いとは思わない。
街を歩いている人々と同じような違和感を覚えるだけだ。
初めは悪魔が近づくと恐怖心を覚えるのかと思っていたが、
ダンテは見た目に関しては人間にしか見えないし、マークという警察官も、レディも彼と普通に接している。
だから何か……別の理由でもあるのかと思うのだが……。
『それじゃあ私はもう行くから。
ドアは……壊れてるけど、戸締りしっかりね』
レディは買った荷物をテーブルに置くと、このみの手を握った。
『私がこっちへ帰ってくる頃には、きっと日本へ戻れているわよね。
早く、お父さんとお母さんに――会えるといいね』
レディの手は温かい。
その温かさで家で心配しているであろう両親を思い出して、鼻の奥がツンとする。
レディはこのみの頭をくしゃくしゃと撫でた。
『じゃあね。頑張ってね、このみちゃん』
レディの温かさが離れていく。
このみはレディを追って、ドアまで彼女を見送る。
『あの……本当に、ありがとうございました』
このみの礼に、レディは笑って手を振った。
一人事務所に残されたこのみは、疲れた足を労わってソファに座る。
昨日も散々歩いたし、今日も買い物で歩き回ったから、足が筋肉痛だ。
せめてゆっくり湯に浸かりたいと思うのだが、使わせてもらっている側で我侭は言えない。
このみは体の凝りをほぐすように、思い切り体を伸ばす。
その際、壁に飾られた武器が目に入る。
またざわりと鳥肌が立つ。
このみは慌てて目を逸らすと、テーブルに置いてあった、買ったばかりの荷物を手に取った。
新しい下着を買えたのはありがたかった。
今朝風呂を使わせてもらった時は、替えがないので仕方なく同じものを身に着けたが、
これでようやく新しいものに着替えられる。
下着や日用品を買ったはいいが、あとどれだけこの地にいることになるのだろうか。
昨日は警察に相談したが、どうもそちらから得られる情報はないとこのみは確信していた。
警察署で何気なく読んだ新聞紙の日付け。
その年号が19から始まるのを見て、衝撃を受けたと同時に妙に納得する自分がいた。
街を見た時このみが覚えた違和感の正体はこれだったのだ。
ここはこのみが生きていた時よりも過去の時代で、
だから家電も車も人々の服装も昔のものだし、ダンテが電子辞書や携帯を見たことがないのも当たり前の話だ。
もしこの世界の日本に戻れたとしても、このみの家はきっとないだろう。
このみの家に電話をかけたって、誰も出るはずはない。
このみが元の世界に戻れるとしたら、それはもう一度あの鏡を潜った時なのだと思う。
このみが未来から来たと言えば、ダンテは信じるだろうか。
鏡を通ってここまで来たのだから、時代を遡っていたとしても不思議ではないかもしれない。
今まで何となく言い出せずにいたが、このみが元の世界に戻れるように協力してくれているのだし、
きっと相談した方がいいだろう。
それに、どこか恐ろしさを覚える一方で、彼を信じたいと思う自分がいる。
このみを助けてくれたから。話を聞いてくれたから。たくさん協力してくれたから……。
「……よし、帰ってきたら、相談するぞ」
自分に気合を入れるように、日本語で呟く。
そうと決まれば、今のうちになんて説明するか考えておかねば……。