鏡の中の黄昏蝶 短編
□夏の嵐
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* * *
窓ガラスがガタガタと震え、事務所の外では暴風雨が吹き荒れている。
テレビから流れるニュースは、小型のハリケーン到来をしきりに放映していた。
その映像ですら、ハリケーンの影響で時々乱れる。
「今夜が一番このあたりに接近するんだって」
このみはテレビから目を離さずにダンテに告げた。
「外、雨も風もすごいね。事務所だいじょうぶかな」
「一度ぶっ壊されて突貫工事で直したからなぁ。ボロがでなけりゃいいんだけど」
強い風のせいで事務所全体が軋んでいるような気さえする。
今回のハリケーンは小型だが勢力が強いらしく、ダンテとしてもやや不安になってくる。
このみはソファーから立ち上がるとダンテに言った。
「ハリケーンも心配だけど、わたし、そろそろ寝るね。明日もバイトだから」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ」
そうしてこのみが二階へ消えて行くのを見送ると、ダンテは深い溜め息をついた。
結局、このみがトニーを振った6月から今まで、何の進展もない。
ジャンや鏡に対しても、ダンテとこのみの関係に対しても。
正直に言って、好きな女と一緒に暮らしているのに、手を出すどころか明確なアプローチすらできないのは辛かった。
気が付けばハリケーンが来るような季節を迎えている。
その間ずっとお預け状態なわけで、元々耐えたり待ったりするのが苦手なダンテにこれほどきついことはない。
このみはと言うと、相変わらず聞き込みに精を出している始末で、家に帰るという意志は変わっていないようだ。
それでも、変に気まずくなったりしないだけマシかもしれない。
ダンテは再び溜め息をついた。
することもないが、かと言って眠気も訪れないので、ダンテはハリケーンの中継を続けるテレビに視線を向けたのだった。
* * *
激しい雨音が窓を叩き、唸るような風音が窓の外を駆け抜けて、ガラスを震わせる。
嵐の音で一度目を覚ましたこのみは、胸騒ぎに似た不安のせいで眠りにつけずにいた。
時刻は日本でいう丑三つ時くらいだろうか。
荒れ狂う風の音は男の唸り声によく似ていて、それがこのみの恐怖心を煽る。
(眠れない……)
風の音が怖くて眠れないなんて、自分でも子供かと思う。
けれど怖いと感じる心はどうすることもできなかった。
明日もバイトだから寝なければ、と思えば思うほど、それがこのみを圧迫して余計に目が冴えてしまう。
(お水、飲んでこようかな……)
このみはこのままベッドでゴロゴロしていても仕方ないと思い、起き上がった。
部屋のドアを開けて廊下に出れば、そこは当然真っ暗だ。
このみの部屋の近くには、廊下の明かりを入れるスイッチがないので仕方なくそのまま進む。
薄闇でもある程度周辺が把握できるが、やはり怖いものは怖い。
ダンテの部屋の近くにスイッチがあったから、それで明かりをつけようと思って、このみはそろりと足を進める。
ダンテも既に寝入っているのか、事務所に響くのは外の風の音と、このみが床を踏みしめるきしんだ音くらいだ。
とその時、ピチャリと何か液体が落ちるような音がして、このみは大きく震えた。
首を回して音の正体を確かめようとするが、こうも暗いとそれもままならない。
ドキドキと心音が高鳴って、このみは何かから身を守るように体を縮こまらせた、その瞬間。
首筋に冷たいものが落ちてきて、このみは思わず悲鳴を上げていた。