鏡の中の黄昏蝶 短編
□秋の君
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* * *
紅葉が街を彩る、秋。
見上げた空は高く、秋の雲が穏やかに流れている。
買い物帰りのダンテとこのみは、イチョウの絨毯が敷き詰められた道を歩いていた。
目に鮮やかなその黄色の葉は、踏むとふわふわして、歩けば軽い音を立てる。
このみはその音を聴いて、一言感想を漏らした。
「落ち葉のハーモニーだね」
「おっ、ポエマーこのみちゃん」
「なに、それ!」
ダンテにからかわれて、イチョウの黄色に包まれた中で、このみはモミジのように頬を赤らめた。
そして吐息混じりに呟く。
「……イチョウ並木、すごい。もうすっかり秋だね」
内容は素直に秋を賛するものなのに、このみの表情は明るくなかった。
それを不思議に思ったのか、ダンテがこのみに向かって尋ねる。
「あんまり、嬉しそうじゃないな」
「うん……今年も受験、無理っぽいから」
このみは俯きがちに、足先でイチョウを軽く蹴り上げた。
「何で?センター試験とかいうの、1月だろ?」
「試験はそうだけど、出願は10月だから」
ふうと溜め息をついて、このみは立ち止まる。
「あーあ、これで2回目の浪人かぁ。来年は帰れるかなぁ」
「……まだ、帰るの諦めてない?」
ほんの少しの緊張を滲ませて尋ねるダンテを見て、このみは寂しげな笑みを浮かべた。
「……うん。お父さんとお母さんが待ってるから」
「……そうだな」
頷くダンテの顔を横目で窺うと、このみの胸は針で突き刺したかのようにチクチク痛む。
これまでずっと、真綿でくるむようなダンテの優しさに甘えてきた。
最初に出会った頃とは違う想いのこもった瞳でこのみを見つめるダンテに、気付かないわけがなかった。
そこまで鈍感になれないのは、このみもまたダンテを意識しているからなのだろうか。
けれど、このみはこの世界で「誰も好きになるわけにはいかない」から。
だから、ダンテがどれだけ好意を示してくれようと、このみは応えないし応えられない。
それはダンテも分かっているのか、具体的な言葉は何も言わないし、表向きはこのみをからかうような扱いばかりする。
からかいの延長線であれば――このみは許してくれる、そう思っているのかもしれない。
実際その通りだし、かなり恥ずかしいけれどダンテにからかわれるのもそんなに嫌じゃない。
むしろそんな風に構われることが嬉しいとさえ思う自分がいる。
その思いも、口にはできないけれど。
だから「家に帰りたい」と願うこのみの気持ちを汲み取って、
何も言わないでくれているダンテに、申し訳なく思いつつもこのみはほっとしていた。
思いを通わせ合わせさえしなければ、素直な気持ちでこのみの世界に帰れると思ったから。
「もうすぐ、ダンテと出会って一年になるね」
「11月の頭だったか。時間が経つのは早いな」
「結局、ジャンの行方は全然分からないままだね。どこにいるのかなぁ……。
また、わたしみたいにこの世界にやってきた人もいるのかなぁ。ジャンに捕まってなければいいんだけど」
このみもダンテも方々に手を尽くしてはいるのだが、クリスマスイブの一件以来、ジャンの行方は掴めないままだ。
もうこの街にはいないのかもしれないが、確証がない以上探し続けることしかこのみにはできない。
「俺も、手配書の顔しか知らないからな……。悪魔なら顔くらい変えられるかもしれないし」
「捜索は困難をきわめるね」
大真面目にこのみがそう言うと、ダンテは笑ってもいいものかどうか、何とも言えない顔をした。
「……このみは覚えたばかりの単語を使いたがるな。発音が下手なだけに余計珍妙」
「ち、何?もう一回言って。綴りと意味も」
ポケットから単語カードを取り出し、早速メモを取る体勢を取ったこのみにダンテは苦笑する。
「語彙に珍妙って単語が増えた所で、一生のうち何回使うんだか……」
そんなことを言いつつも、ダンテは綴りと意味を教えてくれた。
それを単語カードに書き込んで、このみは繰り返し発音する。
「ちん、みょう。ちんみょー、ちんみょう、ちんみょう、ちんみょう!覚えた!」
「珍妙なのはお前だよ!」
何がツボに入ったのか、ダンテは吹き出しそうになるのを堪えようと口を押さえた。
けれど結局堪えきれず、その場で大爆笑し始める。
目に涙さえ浮かべているダンテを見て、このみはよく分からないながらも顔を赤くした。
「な、何がそんなにおかしいの」
「やーもうお前一生分くらい珍妙って言ったろ。あー笑った。このみといると飽きないな」
そう言うとダンテはこのみの頭を撫でる。
このみを見つめるそのアイスブルーの瞳が優しくて、このみは先程とは違う意味で頬を染めた。
「こっちは必死に覚えてるのに、笑わないで」
照れ隠しで思わずそう言えば、
「ごめんごめん」
とダンテは謝った。