鏡の中の黄昏蝶 短編
□冬の音
1ページ/4ページ
* * *
冬といえば、布団のぬくもりが恋しくなる季節。
他の季節ならいざ知れず、這い上がるような寒さが襲い来る冬では、このみも魔性の誘惑を放つそれには抗い難かった。
そこに眠気という付加価値があれば、尚更だ。
サイドテーブルに置かれた目覚まし時計が、早朝のこのみの部屋の中で鳴り響く。
ジリジリとけたたましく鳴るベルを黙らせようと、このみの腕が時計へ伸びる。
なるべく体が布団の外へ露出しないよう、このみは手の感触だけで喚く時計を止めた。
さすがに毎日同じ行為を繰り返していれば、そちらを見なくとも目覚ましを止めることは容易い。
このみは布団からはみ出た腕を温めようと、伸ばした腕を引っ込めた。
未だ夢うつつな状態にあるこのみは、更なるぬくもりを求めて布団の中で小さくなる。
楽園があるとすれば、そこはきっとこの布団の中のような暖かさなのだろう。
目覚ましはいつも余裕をもった時間に設定しているから、ほんの少しゴロゴロしていても大丈夫だ。
まさに慢心としか言いようがないが、完全な覚醒には至らないこのみはそこまで考えが及ばなかった。
それがこのみの敗因。
ベッドに身を預けたこのみは、いつしかまた心地よい眠気に誘われ、夢の中へと落ちていった。
(あれ……目覚ましが鳴ったのはいつだったっけ)
再びまどろみから覚めたこのみが最初に思ったのは、それだった。
そういえば、止めた覚えがあるような。
それとも、それは夢の中の出来事?
また腕だけ伸ばして、このみはサイドテーブルを探った。
その手が目覚まし時計に触れて、掴み上げて布団の中に引き入れる。
寝ぼけ眼で針が指す数字を確認し、このみは固まった。
見間違い、どうかそうであって欲しい。
ギュッと閉じた瞳をそろそろと開け、このみはもう一度時刻を確認する。
――次の瞬間、このみはベッドから跳ね起きていた。
* * *
廊下を走る物音で、ダンテは目を覚ました。
時計を確認すれば、このみがそろそろバイトのために家を出る時間。
出掛け間際でこのみが慌ただしくしているのかと思ったが、それにしては急ぎ方が尋常でなかった。
不審に思ったダンテはベッドから起き上がる。
冬の間暖炉は常に焚いてあるが、夜は危ないのでその火も小さく、それ故朝は冷えた空気が家中を包んでいて寒い。
ダンテは寒さに身を小さくしながら自室を出た。
このみの部屋の方を見ると、よほど慌てていたのかドアが開けっ放しになっていた。
それを閉めてから、ダンテは階段へ向かう。
降りる途中、ふとリビングを眺めて、ダンテは驚きのあまり目を見開いた。
階段を降りていったダンテの目に飛び込んできたもの。
それはリビングのど真ん中でパジャマを脱ぐこのみの姿だった。
過度な露出を嫌うこのみのあまりにも無防備な姿に、ダンテは変な声を上げそうになって思わず口を押さえる。
パジャマを脱いだ上半身は裸で、滑らかな背中と黒髪の色の対比が何だか艶めかしい。
ピンク色のショーツが肌色の中鮮やかで、さらにそこから伸びるすんなりとした足も柔らかそうだった。
いつもは衣服の下に隠されているこのみの肌が惜しげもなく晒されていて、もの凄く貴重なものを見ているようだ。
足元に脱ぎ捨てられたパジャマをそのままに、このみはソファーの背もたれに引っ掛けておいたブラジャーを身に付け始める。
ダンテからは上手い具合に背中側しか見えなかったが、それが逆に想像をかきたてた。
下着を着け終えたこのみは、今度は衣類に袖を通す。
まさに服に手足を突っ込む、といった様子のそれは色気の欠片もなかったが、
普段なら絶対に見られないだろうこのみの大胆な姿に、ダンテは視線を奪われていた。