鏡の中の黄昏蝶 短編
□1.甘い甘いチョコレート
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* * *
「じゃーん!」
効果音を口に出しながら、このみは小さな箱をダンテに差し出した。
その顔はこれ以上ないほどに得意げで、褒められるのを待つ犬のような彼女をダンテは微笑ましく思う。
「みてみて!」
このみの要求通り、ダンテは差し出された箱に視線を落とした。
彼女の両手の平に納まるサイズの小さなそれは、高級感溢れるラッピングがなされている。
「これ何?」
「チョコレートだよ!」
「チョコ?」
ダンテはこのみの手に乗っている箱をよくよく眺めた。
ラッピングに使われている包装紙には、店のロゴが印刷されている。
このロゴ……どこかで見たような……。
「あ!これめちゃくちゃ評判になってるチョコの店じゃねーか!」
「そうなの!」
ちまたで大ブレイク中のチョコレート店。
三ツ星ホテルのパティシエが一念発起し、ショコラティエとして設けたのがこのロゴの店だ。
テレビや雑誌に引っ張りだこ、大絶賛されているこのチョコレート店だが、中でも生チョコが評判を呼んでいるらしい。
それは1日30箱の限定品で、朝から大勢の客が並んでいるという。
中には海外からもわざわざ買い求めにくる客がいるとかいないとか。
「まさか……このみ……」
「なんとその生チョコです!!さっき買ってきたの!」
これがあの噂の生チョコ!
1日30箱限定!
今までチョコだと思っていたのは何だったのかとまで言わしめる、チョコレートの中のチョコレート!
「でかしたぞ、このみ!」
「きゃー!!チョコがつぶれるっ!」
ダンテは感動のあまり思わず目の前のこのみを抱きしめる。
いつもなら恥ずかしさから抵抗するこのみだが、今日は箱が潰れぬよう手を伸ばしてそれを守ろうと必死だ。
おかげでいつもよりも様々な感触を味わうことができて、ダンテは二重に得した気分になる。
「それにしても、よく買えたな!」
「半月かけてずっとリサーチ続けてきたんだもの。わたし頑張った!」
そう言えばこの半月の間、バイトがない日もこのみは朝早くから家を出ていた。
それが日に日に朝出ていく時間が早まっていくので、何をしているのか疑問に思っていたところだったのだ。
全ては、この限定生チョコを手に入れるためだったのか。
褒めて褒めて、と輝くこのみの顔が可愛らしくて、ダンテはこのみの頭をめいっぱい撫でてやる。
いつもなら子供扱いするなと怒るこのみだが、今回ばかりは頭を撫でられてご機嫌だ。
それに消え物のチョコレートとはいえ、この世界で半月かけてまで手に入れたいものが彼女にできたことが、嬉しかった。
「さっそく、開けてみようよ」
「ああ」
このみはラッピングされている包装紙を丁寧に剥がしていく。
クリスマスプレゼントを贈った時にも疑問に思ったのだが、彼女は何故か包装紙を破らない。
理由を尋ねると、このみは困ったような顔をして、日本人は包装紙を破って開けないのだと答えた。
それから「破った紙の掃除が大変だから」と至極当然の答えが返ってきたので、ダンテは苦笑したのだった。
このみが包装紙を解いて箱を開けると、そこには一口大の生チョコレートが5つ並んでいた。
……質より量、とは言わないが、正直この量はケチくさくないか。
「……この生チョコいくらだっけ」
「えっと……」
ダンテがこのみに耳を寄せると、彼女はごにょごにょと値段を口にした。
その値段を聞いてダンテの目が見開かれる。
「……お前って変なところで金かけるな」
「だって、あんまりお給料残しとくのも何だし……」
また、自分がいなくなった後のことを考えているのだろうか。
だから、宵越しの金は持たないということか?
このみの気持ちは分からなくもないが、ダンテは思わず眉を寄せる。
「……せっかく買ってきたんだから、素直に楽しもうよ」
このみが困ったような顔で、上目遣いに見上げてきたので、お小言を言おうとしたダンテはその表情に絆されてしまう。
これが惚れた弱みというやつか。
きっとこのみもダンテの言いたいことは分かっているだろうから、ダンテはそれ以上何も言うことはしなかった。