鏡の中の黄昏蝶 短編

□2.穴から貴方をのぞくドーナッツ
1ページ/4ページ

* * *


今日も往来に立って地道に聞き込みを行っていたこのみだが、情報がないことはもう分かり切っていた。

さすがに一年を軽く超える日数をかけて聞き込みを続けているのだ。
真新しい情報がないことにはもう慣れっこで、いちいち落ち込むような時期は既に過ぎ去っていた。

最近ではもう聞き込みというよりも散歩に近い。


まだ日は高いが今日のところはこれで切り上げて、家でゆっくりしようと思ったこのみは、事務所の方角へゆったりと足を向けた。



帰る道すがら、ドーナツ店が視界に入って、このみは足を止めた。

いくつか買って帰って、事務所にいるダンテと一緒に食べようと考えて、このみは店の中へと足を踏み入れる。
適当に見繕ったドーナツ数個を箱に詰めてもらっている間、手持ち無沙汰なこのみは、店のガラス張りの窓の向こう側に視線を注いでいた。


外はいい天気で過ごしやすく、丁度お茶の時間帯だ。
穏やかな午後の時間は、どことなくいつもよりゆっくりと時が流れているような気さえする。

するとそんな明るい日差しが降り注ぐ街路を、1人このみが見慣れた人物が歩いていることに気が付いた。

その人物はドーナツ店の中にいるこのみに気付いて、笑顔で軽く手を振る。


このみは店員から箱に詰め終わったドーナツを受け取ると、足早に店のドアを開けた。



「レディさん!」
「このみちゃん、偶然ね。今日も聞き込み頑張ってたの?」


レディに尋ねられてこのみは苦笑する。


「うん。けどやっぱり何の情報もなかったの。もう家に帰るところ」
「そう」


ほんの少し気遣わしげな笑みを浮かべて、レディは相槌を打った。
それから、このみが手から提げているドーナツの箱に目を止める。


「ここのドーナツ、美味しいわよね!生地の外側がサクサクで」
「うん!ダンテと一緒に食べようと思ってたの。レディさんも一緒にお茶にしない?」


このみがそう言うと、レディは心の底から残念そうな顔をした。


「すごく魅力的なお誘いなんだけど、これから行かなくちゃならない所があるの」
「そうだったの。じゃあお茶はまた今度にしようね」
「ええ。ありがとう」


笑顔で頷いたレディは、その顔にふと面白そうな表情を浮かべる。
その顔にどこかこのみをいじめるダンテの顔を思い出して、このみはびくりと一歩下がった。


「それに、ダンテとのお茶の時間を邪魔するわけにもいかないしね」
「そ、そんなの気にすることないのに……」


思わず赤くなるこのみを見て、レディは笑う。
レディはダンテの名前が出てくると、いつもこのみをからかうのだ。


「このみちゃん、途中まで一緒に歩かない?私の行き先、この向こうだから」
「……ダンテの名前出さないって約束するなら」


このみの言葉に口の端に笑みを浮かべたレディだったが、頷いてくれた。
ほっとしたこのみは、レディと並んで道を歩き出す。




眠気すら誘うような陽気の下で、他愛もないおしゃべりをしながらこのみ達は進む。
交差点を渡り、店が林立する大通りの歩道をレディと歩いていたこのみは、ふと心が騒いで足を止めた。


「このみちゃん?」


突然立ち止まったこのみに驚いて、先を行きかけたレディが振り返る。
このみは10メートル程先にある不動産屋のドアの下にじっと視線を注いでいた。


「レディさん……あそこに小さい人がいる……」


指摘されてレディが不動産屋に目を向けると、10センチもないほどの小さな人型の何かがチョロチョロ動き回っていた。
一見すれば人形か何かにしか見えないが、あれは……。


「あれ……悪魔だよね?」


明確な恐怖こそ感じないが、ざわざわと心が騒ぐようなこの感覚は、このみが悪魔に対して覚えるものだった。


「そうね、小物だけど……」

レディが真面目な顔つきで頷いたその時だった。
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ