鏡の中の黄昏蝶 短編

□Money comes and goes.
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* * *


「はい」

私はダンテに封筒を差し出した。
目の前にいるダンテはというと、差し出されたそれを見て瞬きをし、首を傾げた。

「何、これ」
「わたしの生活用品、ダンテが買ってくれたよね。
バイトのお給料が出たから、その分を返そうと思って」

初めてこの世界へ来た時、生活必需品や下着諸々をレディさんと買いに行ったのだけど、
そのお金を全部出してくれたのはダンテだった。
何一つない状態から買い集めなければならなかったので、金額も結構なものになったのだ。
しかもその後も色々と個人的に買うものがあって、その度にダンテからお金を借りていた。

それがずっと歯痒くて、いつかダンテにお金を返したいと思っていたのだ。


私はノートを開いて、レシートが添付されたページを見せる。

「ダンテもいっしょに確認してね。このレシートが衣類関係で、こっちが……」

私はぺらぺらとページをめくりながら、レシートを一枚ずつ説明していく。
ダンテは「はあ」とか「へえ」とか気の抜けたような声で相槌を打った。


「……これで、ぜんぶ。合計したのをその封筒に、入れてあるよ。
今までありがとう。これからは、自分で自分のものは買うね」
「別に気にしなくていいっつーのに」

ダンテは私の手からノートを受け取って、感心したように頷いている。

「……いらないって言っても、お前は遠慮すんだろうな。確かに、貸した分は受け取ったぜ」
「うん。それとね、光熱費のことなんだけど」
「まだあるのかよ」
「うん、あるよ!こういうことは、きちんとしておかないと。
水道とか、ガスとか、電気代とか、請求書きてるよね?どこにある?
ダンテひとりの時のと、わたしが来てからのを比べたい」
「え、さあ」
「さあ……って、まさか、捨ててる?」
「捨てた覚えもないが、しまった覚えもない。その辺探したらありそうだけど」

そう言ってダンテが指したのは、荷物の山。
……この中から探せと?

「ダンテって、家計簿とかつけないの?」
「俺がそんなマメな男に見えるか?つけてるわけないだろ」

まあ確かにダンテが家計簿を真面目につけるような男だったら、毎日ピザなんて食生活にはなっていないだろう。

「えっと、じゃあ食費は?」
「お前が来る前だったら、ピザ一枚の値段で計算した方が早いかもな」

こちらのピザは日本に比べて驚くほど安いが、さすがに毎日頼むとなるとそれなりに値段もかさむ。

「…………それでよく生活してたね」
「その日の飯に困ることもあったっけなあ。電気も何回か止められたし」
「…………」


ダンテも苦労してるんだなあ、とは微塵も思わなかった。
一日中事務所でゴロゴロしている彼の姿を知っているからだ。

「それなら、もっと依頼を受けたらいいのに」
「気が乗らない依頼はパス!それにせっかく受けても公共物破損とかで依頼料パーになることも多いんだよ。
あー、そういやピザ屋のツケもまだ払ってなかったっけなぁ」

とか言いつつ、ダンテは雑誌を読み始める。
私はというと呆れてものも言えない。


「おっ、見ろよこの記事!モテる男の特集だってさ。お前、モテる男の条件って何だと思う?」
「……お金にルーズなひとは、モテないと思うよ!」

精一杯の皮肉を込めて、私はダンテに言ってやった。


「なんだよ」
「ダンテのお金の使い方に、文句を言うつもりはないけど、ツケとかはよくない!」
「出た真面目ちゃん」
「真面目でけっこーです!今からお金返しに行こうよ」
「えー」

渋るダンテの腕を引っ張って、入り口へと向かおうとした、その時。
テレビが放映するニュース番組が視界に入って、私は足を止めた。


内容は、銀行や店のレジの中の紙幣が紛失し、代わりに蝶が入っていたというもの。
同時期に謎の紛失事件が起きたということで、警察が調査に乗り出しているらしい。


「……確かホテルにいたジャンは、4人部屋の代金はきっちり納めてたって話だったよな」
「うん……」
「やっぱその金って蝶で作った偽金だったみたいだな。しかも時間が経ってから解除するあたり悪質」
「出所をわからなくするためだよね」
「ジャンって、すげー大犯罪者じゃね?」
「これでジャンが疑われて、捜査が進むといいんだけど……」

既に彼がホテルから消えて一月経っている。
その間金は常に人々の手を渡り歩いていたわけで、それを突き止めることなんてできるのだろうか。


「……やっぱり、お金はだいじだよ!ジャンも気になるけど、お金返しに行こう!」
「うわあ、薮蛇だったか」


私はダンテの背中を押し、事務所の外へ出る。

「……ツケを払ったら、今度はちゃんとピザ買って帰ろうよ。わたしが払うから」
「いいよ。お前着ぐるみの時もピザ買っただろ?今度は自分で払うって」

そう言ってダンテは何気なく財布を取り出し、中身を覗き込んで固まった。


「……お前が返してくれた金がさっそく役に立ちそうだぜ」
クールな笑みを浮かべたダンテはそう言うと、私がさっき渡した封筒を取りに事務所の中へと戻っていった。


「……………」

そんなダンテの背中を見て、私は思わず深い溜息をついたのだった。



***あとがき***


本編中の出来事ですが、本編のところに置くとページ数の納まりが悪かったので、短編の方に置いてます。
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