鏡の中の黄昏蝶 短編

□雪だるま3題
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◆◆◆ねだられた末◆◆◆


降り積もった一面の雪を見て、このみは顔を輝かせた。
青空と白色のコントラストが見事なその光景は、寂れたスラム街をいつもより優しく見せる。

朝起きて積雪していることを確認したこのみは、俺の腕を引っ張って外へと連れ出した。


「雪、いっぱい積もったね!」


そんなこと言われなくても分かるのだが、嬉しそうに真新しい雪原に足跡を残していくこのみの無邪気な様子が微笑ましい。
けれどぼーっと突っ立っているだけの俺にとって、このクソ寒い空気を吸うのはもはや苦行に近かった。


「雪はもう十分堪能したな?中に戻るぞ」


既に足先は冷えて、じんわりとした痛みが俺を襲っている。
半魔の身でさえ感じる痛みなのだから、きっとこのみもこれ以上の痛みを感じているはずだ。

犬のようにはしゃぎまわっていたこのみは、足跡をつけるのを止めてじっと俺を見上げてきた。
寒さでその頬が赤く染まっているのだが、別の意味で顔が赤いのではないかと勘違いしてしまいそうだ。


「雪だるま……」
「あ?」
「……作りたいな」


――何を言い出すかと思えば。


「お前、自分の年齢言ってみ」
「……19歳」
「19歳は雪だるま作って喜んだりしないぜ。お子ちゃまだなーお前は」


子供扱いされることを嫌うこのみの神経を逆なでするような言い方をしてやる。
こう言えば俺に反発して、このみは家の中へ戻ろうとするだろう。

だが今日のこのみはいつもより頑固だった。


「わたしが作るのは雪だるまという名のアートだよ!」
「芸術の秋ならもう過ぎ去ったぜ?」
「芸術に季節は関係ないもん!」
「なら一人でアーティスティックな雪だるまでも作ったら?俺は寒いからやだ」
「……ひとりで雪だるま作ってたら、頭の変な子だよ」
「お前が作るのはアートなんだろ?アーティストは時に孤高なものさ」


既に敗色濃厚なこのみは、悔しそうに俯いた。


「……いつまでもここにいると風邪引くだろ。さ、中に入るぞ」


事務所のドアノブに手をかけた俺の腕に、このみがしがみついた。
いつになく積極的な行動に驚く俺を、このみは上目遣いに見上げる。


「……ダンテも一緒に作ろう?」


頬を真っ赤に染め上げて、瞳を潤ませながらの可愛いおねだり。

あざとい。
あざとすぎる。

……あざといにも程があると思いながらも、そんなこのみをはねのけることが、俺にできるはずもなかった。


確実にこのみに弱みを握られつつある事実に戦慄すら覚える。
が、抗う気にもなれなくて、俺は素直に自らの煩悩に従ってこのみを腕に閉じ込めた。


「ああ……もう、可愛いなぁ……」


言った俺ですら驚くほどの甘い声が出て、腕に温かな熱を抱きながら苦笑する。
今このみがどんな顔をしているのか見てみたくて、少しだけ体を離せば、先ほど以上に顔を赤く染めて硬直するこのみがいた。


「……かわいい」


面白くなってもう一度、今度はこのみの耳元で囁いてやると、腰が抜けたのかこのみの足元が危うくなって、俺は慌ててこのみの体を支えた。
このみは赤い顔を隠すように、俺のコートに顔を埋める。


「……そういうの、反則……っ」
「俺からすると、お前の可愛さも十分反則なんだけどな」
「だから……っ」

そういうこと言わないで、と恥ずかしがるこのみを見ていると、体中がポカポカと温かくなる。
先ほどまで足先も冷えていたというのに、どういうわけか今はすっかり冷たさを感じない。


「……せっかくこんだけ積もってんだ、うんとでかい雪だるま作ってやろうぜ」


急にやる気になった俺を見て驚いたように、このみはまるく目を見開いた。
寒さを感じないのだから、このみの雪だるま作りを断る理由はない。


「ダンテ、雪だるま作る気になってくれた?」
「……俺思ったんだけど、お前に我がまま言われるの結構好きみたいだ」


さっきみたいに可愛くおねだりされたら、ホイホイ聞いてやる自信がある。
普段我がままを言わないこのみだけに。


「ありがとダンテ」


はにかむように笑うこのみの頭を一撫でして、俺は足元の雪を一掴みした。
それを手のひらでぎゅっと固めてこのみに手渡す。


「どっちがでかい雪玉作れるか競争しようぜ」
「望むところ!」
「結果は目に見えてるけどな」


メラメラと闘志の炎を燃やすこのみを見て、俺はニヤリと笑う。
このみが相手とは言え、やるからには全力で楽しんでやる。


そうして負けず嫌いのこのみと争った結果――事務所の前に、大きな雪玉二つが転がることになった。



* * *


雪だるま3題。
お題は深海ノ魚様よりお借りいたしました。
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