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□繚乱〜総次郎〜
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〜千紗〜

総次郎様は私の許婚でございました。
兄上様が家督をお継ぎになりますので、総次郎様は私の家へ婿入りして下さると仰って、私の父母も大層喜んだものでございます。
ですが、お父上様にあんな事がおありになって…不祥事、としか私は存じませんが、責を取る為に切腹を仰せつかったと聞きました。
その後すぐお家もお取り潰し、かろうじて兄上様やお母上様、総次郎様の三人が住まわれる小さな屋敷を私の父がご用意致しましたが、それまでの武家屋敷とは程遠い、些末なものでございました。
それでもお母上様は息災で、近くに畑もありましたし、すぐ畑仕事が楽しくなられたご様子で、兄上様は私の父の伝手が寺子屋にございましたから、大きく暮らし向きは変わりましても特に不都合は無かったと存じます。
ですが総次郎様は違いました。
総次郎様と私の婚儀も、この事で破談となり、それでも私は総次郎様をお慕いしておりましたから、度々総次郎様をお訪ね致しましたが、あの方は剣技以外に術を持たない無骨な方で、いつも当て所なくぼんやりされておりました。
何年、そんな暮らしが続きましたか、私には別の方との縁談が持ち上がりました。
総次郎様にもお話致しましたがあの方は私を引き止める事はされませんでした。
ただ「某には、何も申せません」としか仰らず、その内、総次郎様が毎夜酒に溺れている、と噂を耳に致しました。
私はその噂の真偽を気にしながらも、父の決めた方と夫婦になったのでございます。
勿論、嫁いだとて私が総次郎様のご家族を心配するのを止めてしまう訳ではございません。
主人も「お前の良い様にして差し上げれば良い」と言ってくれましたし。
私は度々、菓子や野菜などをお届けする為に総次郎様宅をお訪ね致しましたが、嫁ぐ前のあの日以来、総次郎様にはお会い出来なくなっておりました。
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