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□繚乱〜壱の巻〜君と手を繋ぐため〜
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江戸の賑やかな町中を、ばさばさの髷、所々破れた着物、擦り切れた草履というおよそこの町に似つかわしくない風体で歩く男がいる。
腰には二本の刀。柄、鞘だけでそれが上等の刀である事が分からなければ誰も彼を侍だとは思わないだろう。
決して優男には見えないが、整った顔と体つきは、時代がもう少し前ならば立派な武士であったろうと思わせる。
そんな男がふと立ち止まったのは「九重屋」と立派な看板を有した店の前。
暖簾や看板から呉服屋だと分かる。
男はすうと一息吸い込んでから藍色に染められた暖簾をくぐる。
「御免」
低い声がそれだけを放つと、それまで穏やかだった店の空気が途端にざわつく。
当たり前だ。
とても呉服屋に用があるとは思えない風体で、他に客もいると言うのに埃まみれの着物で店に入られては、客商売をする方からすればたまったものではない。
「手前に何か」
それでもにこやかに近寄るのは店を訪れた男よりも年配の、恐らくは番頭であろう男。
「これを」
そう言って男は懐から一枚の文を取り出し、番頭に渡す。
宛名に続く送り書きを目にした番頭はにこやかな笑顔を崩さぬまま「かしこまりました」と男を店の奥へ案内する。
たたき、土間を抜けた所で足を洗い、邸内へ入る。
綺麗に磨かれた廊下が素足に心地良いのか、微かに男の表情がそれまでの緊張から緩む。
が、それもすぐ「こちらでございます」と番頭の言葉で元に戻る。
「大旦那様、お待ちのお客様がお着きにございます」
「入って貰え」
番頭の声に続くのは相当な年寄りであろう男のしわがれた声。
すいと開かれた襖の向こうには、老齢の男と、若い男の姿。
「武士らしく」廊下で一度頭を下げてから部屋へ入ると、男は二人の前にゆっくりと座り、左手で刀を併せて脇に置く。
それは紛れもない武士として教育された礼儀だった。
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