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□繚乱〜参の巻〜君を抱き締めるため〜
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賑わう桜花の一部屋。
相変わらずの早さで銚子を空ける近藤の隣で朧月が優しく笑う。
酒を手配する紅葉もその光景が嬉しいのか、いつもにも増して元気な声を出している。
「元気だな紅葉は。聞いていて気持ちが良い位だ」
「近藤様が来て下さっているから、嬉しいんです…あの子も、近藤様が好きですから」
「あの子も、と言う事は、お前も、という事か?」
あ、と今口にした言葉を思い出して朧月は頬を赤く染める。
「…私、は」
「分かってるさ、お前は太夫。俺は客の一人にしか過ぎん」
「近藤様は…大切な、お客様…です」
小さく朧月はそれだけを口にする。
廓の中。
客への惚れた腫れたは御法度。
それはこの廓の誰しもが必ず桜花から教わる事。
廓は、人が人を買う場所なのだと。
それでも。
朧月が近藤に対して抱え込んだ気持ちは、紅葉が素直に近藤に対してぶつける気持ちと同じなのに「太夫」という肩書きが紅葉の様に口にする事の邪魔をする。
「大切な客か…そうだな、それで良い」
杯を傾けながら近藤は傍らの朧月の肩を引き寄せる。
「お前に大切だと言われるだけで、俺は十分だ」
「近藤様…」
俺は、多くを望んではいけない人間だ。
近藤はその台詞を飲み込むと、酒を運んできた紅葉に向かって杯を差し出した。
当たり前に紅葉はたどたどしい手付きで酒を注ぐ。
禿の内に客の酒を注ぐ事はまず無いからだが、近藤の相手をする様になって、紅葉は少しずつだが座敷での仕事を覚えている。
紅葉も以前なら、震える手で酒を注ぎ、畳を濡らす事もあったのだが、おぼつかないとはいえ、きちんと杯を満たせる様になっている。
「上手くなったな。覚えが早い」
「主様や姐さんが教えて下さったからです」
「それでもこう上手くは注げないだろう?紅葉は筋が良いんだな」
えへへ、と笑う紅葉を見て近藤は杯を干す。
そんな傍ら、近藤の腕の中には、互いに口に出せない思いを抱いたまま、小さな禿を見守る美しい太夫がいた。
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