main

□繚乱〜東雲〜
4ページ/15ページ

桂の頭の中が一瞬真っ白になる。
目の前に立つ草太の顔は、それまで桂の知っていた「幼なじみ」ではなく「男」のそれだ。
「俺と、夫婦になってくれ」
草太の声に桂ははたと気付く。
草太は知らないのだ。
桂が女の格好をした「男」だと。
知らずに夫婦になりたいと言っているのだ。
「わ…私…」
桂の足が後退る。表情が複雑に変わる。
次の瞬間。
桂は体を翻して境内から走り出していた。
後ろから草太の声が桂を呼んだ気がしたが、振り返る事も、立ち止まる事も出来なかった。
桂はそのまま家へ戻り、部屋へ走り込むとへたり込む。
綺麗に結われていた髪は乱れ、下を向くと美しい簪がぽとりと畳に落ちる。
簪を見つめるとはらはらと涙が落ちる。
「桂?入るぞ」
ゆっくり襖が開いて顔を覗かせたのは、桂の五つ上の兄、桐哉だった。
「…どうかしたのか?」
「兄様…」
「草太と店を出たと聞いていたが…草太に何か」
桂は涙を着物の袖で拭うと、境内で草太に言われた事を包み隠さず話した。
「私も…草太さんの事は好きです…でも、草太さんの好きな私は…私じゃない」
「家族以外は、お前が男だと知らないのだからな…俺もいずれはこういう事があるだろうと思った」
「私はどうしたら良いのでしょう、兄様」
桐哉は少し考えてから桂の髪を軽く整え、落ちたままの簪を拾い上げて挿し直しながら言う。
「お前が男だ、と…皆に知らせる時期が来たのだろうな」
「…でも」
「草太がお前自身を好いているのなら…少なくとも友としては付き合える。俺はそう思う」
後はお前自身が決めなければな。
桐哉はそう言うと桂の頭をぽんぽんと撫でて、部屋を出る。
開いた襖から桐哉を呼ぶ父の声がする。
きっと店が忙しいのだろうとぼんやりと桂は思う。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ