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□恋乞詩―こいうた―
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世は戦渦巻く時代。
各地で起こる大小の小競り合いは昼夜を問わず、何かある事が常となっている。
派手な戦にも一段落ついたのか、もう戦など起きないのではないかと錯覚する程に静かな日常。
京の外れに建つ小さな古い屋敷。
門をくぐったすぐにある飛び石を歩くと見えるのは手入れの行き届いた小さな庭。
背の低い庭木の側に佇むのは近所にも評判の美男子と数人の女中。
年の頃は元服前、同じ年の男子より見た目から細く背も高いだろうと思われる。
一際目を引くのは白磁の肌を持つ彼の髪。
ゆるく波打ち、枯葉に似たそれが春の風に揺れる。
「そろそろお部屋に戻られませんと、お身体に障ります」
女中の中でも幼い、彼と良く似た年頃の娘が心配そうに言うと、目の前の少年は表情を動かさずに口を開く。
「うるさい」
「ですが、先日も長く起きておられた日の夜に」
「俺に構うなと言っている」
面倒くさそうに娘から顔を背けたそこにいたのは、年配の侍。
少年は少しだけ表情を緩めて頭を下げる。
「父上、お帰りなさいませ」
「おお、賀茂。身体は良いのか?」
「お陰様にて本日は調子が良く」
少年、賀茂が目を向けた父の足元。
そこに見える小さな草履から視線を上に動かすと、次に目に入るのは父の袴をぎゅっと握り締めて震える小さな手。
「父上、この子は?」
そう尋ねる息子に父は傍らの子へ目をやると口を開く。
「儂の知り合いの子でな、養子に迎えた…お主の弟だ」
「弟…」
大きな侍の手に背を押され、おずおずと出てきたのは怯えた目をした日本人形の様な子供。
ぽん、と賀茂の前に押し出されると、子供は意を決した様にぺこりと頭を下げる。
「あおいです。みっつになりました。よろしくおねがいします」
母親、もしくは道すがら父に教えられたのであろう口上を一生懸命述べる姿に、賀茂の身体は自然に動き、弟の目線に合わせて座り込んでいた。
「俺は賀茂。宜しくな」
「のりしげさま」
大きな目が賀茂を見つめる。
次の瞬間、女中達が声を出さずに騒めく。
葵の小さな頭に手を置く賀茂は微笑んでいた。
「そう呼んでくれるのは嬉しいが今日からは兄弟だ。兄と呼んでくれないか?」
「はい、あにさま」
返る真っ直ぐな声に、賀茂の手は葵の髪を撫でてから小さな手に向けて差し伸べられる。
「もう部屋へ戻る…一緒に来てくれないか?」
もう少し、お前と話したい。
賀茂の声に葵は考える顔をする。
初めて会ったのだから至極当然の反応ではある、が賀茂が「葵」と名を呼んだ瞬間、葵の表情は満面の笑顔に変わり、その手は差し伸べられた手を力一杯に握り締めた。
部屋へ戻る二人の背はもう既に兄弟のそれに見え、女中達と父は思いもかけない出来事ばかりでしばらくその場から動けずにいた。
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