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□繚乱〜壱の巻〜君と手を繋ぐため〜
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「細かい話はまた後にするとして、まずは良く来て下さった、近衛殿」
「その名は」
老人の台詞を近衛と呼ばれた男は 静かに遮る。
「申し訳ないが、その名はとうに捨てた名…今は近藤次郎と名乗っている」
「あい分かりました、では近藤殿。儂はこの店の主人、これは息子の真一郎にございます」
老人はそう言うと簡単に今後の事を話す。
「仕事」はそうそう入る訳ではない、故にその都度近藤へ知らせを入れる事。
「一部の店子以外、儂の「裏」は知りませんから、皆には「真一郎の右手」と伝えてございます」
男、近藤は多くを語らず「分かった」とだけを口にする。
どう考えても呉服屋の若旦那の手伝いなど見当もつかない仕事だ。が、それならば郷里にいる母や兄に面目も保てるだろう。それに真一郎と呼ばれた若旦那を近藤は一目で気に入っていた。
商売人らしい利発そうな、誰が見ても美男子と称するだろう容姿、父親が近藤と話す間、ずっと近藤を見る目に宿る光は「裏」でも通用する。
自分とは違う意味で、自分の世界にしか生きられない男。
真一郎もそれを分かったのか近藤を気に入っていた。
が、その割にはむやみに連れ歩いたり手伝いを言い付ける事をしなかった。
近藤の得手が分かるからの行動だが、それでも「私の手伝いなら、もう少し身なりからちゃんとしてくれないと困るんだよ」と、近藤の着物から髷に至るまでをあっという間に新しくしてしまった。
「で、俺は何をすれば良いんだ?」
新しい着物に身を包み、無精髭まで身綺麗にされた近藤が問う。
「何も。お前、呉服屋の仕事なんて得手じゃないだろう?無理は良くないよ」
真一郎は笑いながらそう言うと、そそくさと仕事に戻る。
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