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□繚乱〜壱の巻〜君と手を繋ぐため〜
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居場所なく残された近藤にすれば、忙しく動く店子達を前に一日ぼんやりするのも肩身が狭いというものだ。
考えた結果、近藤はまず店から見えない裏庭で木刀を片手に鍛錬した後、店子達の邪魔にならない様に掃除やら雑用やらをする様になった。
ひと月も経つ頃には店子達も近藤に馴染み、勿論「裏」の仕事も何度かこなしていたのだが、表向きには「平穏な日常」を送る様になっていた。
近藤が九重屋の暖簾をくぐった春の始めから、季節が夏の始めに移ると、近藤はすっかり反物の扱いまで覚えていた。
「ちゃんとすれば良い男振りだし、ぼちぼち私の手伝いらしく店に出ても良いんじゃないかい、近藤?」
「そんな柄じゃない」
「お前位の男振りなら、後家さんに評判なのにね…勿体無い」
自分こそ客の目当てになっているに違いないだろう涼しい笑顔を浮かべて真一郎が言う。
近藤は巻き終わった反物を真一郎の言う場所へ並べると、そこに整然と、だが華やかに並ぶ反物を眺める。
「お前は…商売人だな」
近藤の言葉に真一郎は「当たり前さ」と返すと、台所に向かう戸に向いて茶と菓子を二人分頼む。
「俺は」
「いらない、なんて言わないでおくれよ?お得意様の下さった上等の菓子なんだから」
ことさら「上等の」を強調して言う真一郎はまるで子供の様な目をする。
それを見ては近藤もむげに断る事が出来ないのか、程なく運ばれた二人分の茶と「上等の」菓子を手に、二人は裏庭に面した縁側で座り込んだ。
「私はね、近藤」
茶を手に真一郎が口を開く。
「一人前の商売人になるって、約束したんだよ。母親と」
真一郎が自分の事を話すのは初めてだった。それだけ近藤に馴染んでいる、という事なのだろう。
近藤は真一郎の隣で何も言わずにその言葉を待つ。
「私の母親はね、胃の腑の病だったんだ…ほら、父親があの仕事をしてるだろう?ずっと心配し続けてたんだよ」
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