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□繚乱〜弐の巻〜君の頭を撫でるため〜
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吉原にも暑さは均等にやって来るもので、それは桜花廊にも当たり前に訪れていた。
暑さに負けては商売にならないと、今日の桜花廊では風呂に浅く水を張り、色子達が涼んでいた。
禿達はきゃあきゃあとはしゃぎ、色子達がそれを微笑ましく見守っている。
「ここ、構わないかい?」
風呂の縁に座り込んで足を水に浸していた朧月に声をかけたのは東雲だった。
「はい」
朧月が少しだけ座をずらすと、東雲はそこに座り込む。
「ふう、冷たい」
東雲が笑顔になる。
朧月はそれを見ながらふと思う。
なぜ、自分はこの人の様に、あの子達の様に笑えなくなってしまったんだろう。
理由は分かっていたし、今更それを思い出す事もしたくない。
だがなぜだろう、先日来、紅葉と笑っていたあの人の顔が、あの日の閨が、いつも頭にあるのだ。
二十歳をとうに過ぎたろうはずなのに屈託のない笑顔。
それに反する様な閨の手管。
一夜に何度も求められる事はあっても本気にはならないのが廓の技。
なのにあの人との閨は、それをすっかり忘れさせた。
「…私が…先に気をやるなんて」
「え?朧月、あんた」
「あ、え…と」
思わず声に出ていた事を東雲に指摘され、少しだけ表情を緩める朧月を、東雲がぐいと引き寄せると東雲の肩に朧月が額を当てる様な体制になる。
「東雲姐さ」
「あたしはね」
朧月の声に重なる様に東雲が言う。
その声はとても優しい。
「あんたにそういうお客が来る事ばっかり願ってたんだよ…あの日以来、あんたは商売だって風にお客を取ってた…あたしはそれが寂しかったんだ」
「姐さん…」
「そりゃあね、商売だって思わなきゃここでお職にはなれないさ。でも、そんな中に、どうしても本気になっちまうお客が一人位いたって良いじゃないか」
東雲が朧月を引き寄せていた手を離すと、朧月は東雲を見ながらゆっくり体を離す。
「あんたには、そのお客が必要なんだよ、朧月」
あんた程のお職が、先に気をやる様なお客がね。
東雲はそう言って朧月の頭を軽く撫でると、未だ元気に水遊びをする禿達に目をやった。
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