何某学園幽霊劇部 本編

□序章
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「ここが演劇部の部室か…」

高校一年の入学式、その翌日
沢山の部活動が勧誘に走り回っている。あちらもこちらも目の回るような忙しさで、何人かがグループになって勧誘にせいを出している。私服姿の生徒の見極めは難しい。それでも躊躇なく突進していく上級生を見ると、どうやら一年生独特の雰囲気は顕著であるらしかった。
両手に溢れんばかりの手書きのチラシや名刺の類いを抱え込むと、少年と青年の間に差し掛かった男は目の前の大きな両開きの扉に渡された手すりに手をかけた。
ふと息を飲んで手すりを握りしめると、思い切って扉を押す
瞬間勢い余った男は派手な音をたてて顔から扉に激突した
抱えたチラシが一気に床に散らばった。男は屈みこみ鼻を押さえて悶絶する

「……!………!!」
「何してんのそこのあんた」

悶えるように身をくねらせ痛みに耐えていると、呆れたような声が降ってきた。鼻をさすりながら振り返ってみると長い髪を一つに束ねた眼鏡の女が立っている。

「いや、扉開けようとしたら顔から突っ込んじゃって」
「バカじゃないの?」
「初対面でバカって言われたのは初めてだよ…」
「バカはバカよ…大丈夫?」

言葉とは逆に、かがみこんだままの男に顔色一つ変えぬまま気遣いの手を差し出す。男は照れているとも間の抜けているとも取れぬ笑みを浮かべその手を取った。立ち上がるとまだ痛む鼻は、木製の扉との摩擦で擦りむいたのかひりひりする。やっちまったと顔を歪ませ鼻に手をやると、少量の血痕が指についた。女はあきれたように肩をすくませ、ジーンズのポケットに手を突っ込むとハンカチを出して寄越した。

「ありがとう…君も一年生?演劇部入部希望者?」
「そうよ」
「なっかーま!俺、皇朔夜。よろしく」

男…朔夜は再びにっこりと人懐こい笑みを浮かべると、受け取ったハンカチで鼻っ柱を押さえた。フン、と鼻で息を吐いた女は微かに顔をほころばせた

「剣零威よ。あんたも演劇部希望?」
「そ。学費免除の代わりに演劇部強制入部」
「なんですって…?」
「じゃ、行こっか。この扉引…あ、その前にこれ拾わなきゃ」
「ちょっと、あんた」

言うが早いかコンクリートの足場に散らばったチラシを拾い上げ始めた。零威が何か言いたげに伸ばしたが手は空を掻いた。言葉を飲み込むと一瞬固まったあと、朔夜に倣ってかがみこみ紙切れに手を伸ばした。

「あんたみたいなバカがこれから一緒?切ないわ」
「えー?俺は零威ちゃんみたいな可愛い子と一緒なんてうれしーけどなぁ」
「脳味噌腐ってんの?」

気楽そのものの朔夜の声に眉を潜ませ睨めつける零威。まるで悪気など無いようににこにこと笑う朔夜の手は忙しく動いている。本音なのか冗談なのか見極めがたい笑みに、零威はそれきり閉口した。
紙はどれもサイズが異なっており、集めたものの整えるのに四苦八苦した。いつの間にか朔夜が拾い上げ零威が集める分担になっている。鼻を押さえたままの朔夜の手は驚くほど早く紙切れを捕らえていた。零威も黙々とそれらの角を合わせて束ねていくが、朔夜の収集ペースは其れを上回っていた。

「ちょっとあんた、拾うの早い」
「あ、ごめん。やれやれ、凄い量だな…手伝ってくれてありがとう」
「どういたしまして」

束ね終わった紙の厚さは1センチを越えていた。同じ部活動から何枚も似たようなチラシを受け取っていたのか、途中で何度も同じキャッチフレーズを見た。これを全部抱えていたのか。

「零威ちゃんはチラシ貰わなかったの?」
「全部断った」

朔夜は面を食らったような顔をする。断ると言う思考すら念頭に無かったようだ。これだけの広告をきっと眉ひとつ潜めずに受け取ったのだろう。人がいいにも程がある。

「…あんた部活決めてたなら受けとる方がおかしいとおもうけど」
「いやぁ、だって一枚一枚俺らのために描いてくれたんだと思うとうれしーじゃん」
「あっちはそれが仕事なんだから気にすること無いわよ」
「はは、零威ちゃんは冷静だなぁ」
「あんた底抜けのお人好しね」

呆れ果てたと言わんばかりの表情にも朔夜は笑みを崩さない。悪意どころか本心まで見えないような気がする。紙束を朔夜の胸に押し付けると、そのまま零威は扉の前に立った。早く部室に入ってしまおう。この得体の知れないバカは一人で相手するには零威の手にはあまりある。手すりに手をかけると慌てたように朔夜が声を上げる

「あ、零威ちゃん、その扉…」
「何よ」

朔夜が言い終わるより早く零威は乱暴に扉を押し開ける…はずだった。扉は頑として開かずに、零威の伸ばした腕が衝撃を受けきれずに肩がてゴキと言う嫌な音を立てた。

「…!……!」
「開き戸だって言おうと思ったのに」
「早く言いなさいよ!」

肩を押さえて扉に寄りかかる。朔夜の気遣わしげな声。勢いよく開こうとしたわりに、痛みが失せるのに時間はかからなかった。派手な音とは裏腹に大したダメージはない。それでも一瞬走った痛みは顔を歪めるに十分だった。

「大丈夫?関節とか外れてないよね?」
「そんなやわじゃないわよ」

広告の束を両手に抱えたままおどおどしている朔夜を一瞥すると、心配するなと言いたげに口許を歪める。余裕のある表情に安心したのか今度はほっとしたように笑った。

「俺と同じドジ踏むなんて、さっきの冷静さが泣くよ」
「う、うるさいわね」

罰の悪い思いをして相手から顔を背けると再び手すりを掴み今度は慎重にドアを引く。両開きのそれは片方だけ鈍い音を立ててゆっくりと開いた。




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