一章: 過去に苦しむ正義達
□UMPIRE10 両翼をもがれた天使
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あなたに大切な人はいますか?
とてもありきたりな問いを投げ掛けてしまいましたね。
でももしも、自分がこの世で突然ひとりになったらあなたはどうしますか?
自分のその時の感情に縛られた衝動で、過ちに手をのばした経験はあなたにはあると思います。人によって状況は様々ですが・・・
そんなあなたに知って欲しいことがあります。信じなくてもいいから聞いてください。わたしの悲願の声を・・・
"過去は変える事など出来ませんー・・変えられるのは、未来のみ―・・・"
傷が、疼く。
それは採り詰め様も無い大きな、傷。
傷は深く、どんなに体に効く薬を塗っても決して癒せぬ傷。
それは一生掛かっても癒せぬ苦しみ―・・
そう。永遠に―・・
「…−?」
薄暗い円盤型の空間を半月に切ったような小さな小部屋。
冷徹な鉄素材の壁一面には深い年月の隔たりを思わすかのごとく、所々痛んでいる。
窓の無いその小部屋には今目覚めた彼女の下に敷かれた質素な木造のベットがその半月状の小部屋の直線の隅に置かれていて、そのベットの真横に小さな木造の丸いテーブルと小さな背もたれのあるこれまた木造の椅子一脚のみである。
彼女は美しい凛とした黒い瞳を広げた。
天井は小さな灯火ひとつ。灯火かと思いきや、それは人工で作られたもののようだった。
彼女は再び目を閉じる。
長い茶色であった髪は今や時を越えるために黒い髪となっており、それは彼女の美しい顔両端に広がり、質素な白いベットに広がっていた。
そんな彼女の顔半分も黒い布で覆われている。
自分は・…何故こんなところにいるのだろう…?
彼女は考えた…・。
私は2008年の冬、飛んだ惨事にあった。
今まで誰も人を愛する事を拒んできた私は親からの愛情受けずに周囲から出任せのちやほやされながら育った。
そんな中、私の前に現れた青年、カズヤ。
私は初めて会ったときから彼に惹かれてしまった。
全て仕組まれていたとは知らずに。
初恋だった。私の…。でも彼は未来のテロリストが安全に誰にも怪しまれずに過去の人間を抹殺する為に用いた感情を持つ人間型ロボットであった。
それも核兵器が内臓されていた―・・ロボット。
あんなに苦しいことはなかった。
きっとこれからも、ないと思っていた。
核からの爆発から救ってくれたのはカズヤに瓜ふたつの容姿を持つ、未来から来た感情を持つサイボーグ、アレス・クレオ。
彼の救いに私は再びカズヤの面影が差し、再び心が苦しみ出した―・・
そんな私を救ってくれた人物が居る。
最初は腹立つ存在だった。ヘラヘラしていて、軽そうでどこにでも居そうな人間の男―・・フレイ・カロラ。
でも彼には私と似たような惨い過去があった。
彼の初めての恋も私と同様、核兵器。更に彼は精神的、肉体的虐待を受け、あまりの惨い過去のせいで多重人格となり、そこから初めて今現在のような軽い人格になった事を私は知る。
深くは真面目で自分よりも他人の事しか考えられなかった優しすぎる彼の内面を知った私は、初めて人間に対し、心を開き始めた―・・
こんなにも理解してくれる人がいただろうか?
初めてだった。嬉しかったのにそれを上手く表現する事は私には出来なかった。
そんな心とは裏腹にカズヤの面影を残すアレスに惹かれていく自分に私は気づく。
カズヤと私だけ…そんな世界に戻りたいと心が再び叫び出すところに、新たな傷が私を貫いた。
それは…彼が、フレイが死んだという事実。
初恋の彼を喪い、初めて心を許せた人との決別。
私は理解出来なかった。
カズヤはもう戻ってこない。
でもフレイなら戻す事が出来るかもしれない。
だから私はアレスやアポロン、アルテミスの反対を押し切って時を越え、ここまで来た。
自分で全てを確かめる為に―・・
しかし、”何か”変だった。
時を越える時、アレスに邪魔され、自分は気を失ったはず。
なのにここは何処なのだろうか…?
ヘラは周囲を見回す。
半月型の小部屋から抜け出す。−・・そして用心深く左手にきちんと小型レーザー銃を構えた。
廊下は、無い。
突然ここの機体の中心部であるロビーが目の前に現れ、彼女は面を食らった。
ここは―・・?
いくつもの複雑な機械やプログラムが壁を犇めき合う中、暗い半月状のこのロビーの中央に黒い大きな座席があるのをヘラはひっそりと眺めた。
その座席に繋がるように銀の大蛇の如く伸びた導線は座席を中央の拠点と置き、天井まで輪を描くように不気味に伸びている。
天井には大きな黒い画面パネルが点滅していた。
ヘラはそっと座席に近づく。
誰か座っているのかを確かめに。
その時、黒い座席が翻る―・・。そこに座っていたものとは―・・?!