ドロップ
□第5戦 あんたは大馬鹿
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「花音〜」
いつものごとく、ドアを開ける。
歓声の向こうで、花音はひとり本をよんでいた。
へー、めずらし。
あの日から――――――
花音が変わったことを話し出して、何とも言えない表情で笑ったあの日から。
俺はなんか変わるかと心のどこかで期待していたが、やつがそんなことで気を許すわけもなく。
相変わらずつんと澄ましていた。
いや、そこまで期待していたわけでもねーけど。
あの日話したことは、俺に対してだけ話してくれたものなんじゃないかって思ったりもした。
花音がほかの奴にあんなこと言ってるのなんか、想像できない。
だから、いくら花音の態度が変わらなくても 今はそういうことにしておこうと思う。
「なんの本よんでるんですかィ」
俺は初めて教室の中まで入った。
まわりの子たちは、はじめこそきゃーきゃー騒いでいたものの、俺が花音の席へ近づくにつれてさーっと散っていった。
「見ればわかるでしょ」
周りの喧騒がさぞ鬱陶しいのだろう。そっけなく言われる。
俺はひょいっとその本の表紙を覗いて………愕然とした。
…………え?
俺は瞬きする。
なんだ、これは幻覚か?
「…花音…これって…」
「小公女」
切り捨てるように、短く答えた花音。俺はこらえきれなくなった。
「……っふ…くく」
「笑うな」
「だって……おま…小公女って…小学生じゃあるまいし」
「ちゃんと知ってる?」
花音の問いに顔を上げると、めずらしく俺の顔を見た彼女がいた。
「…知ってるって?」
「この本、ちゃんと読んだことある?」
「いや……そこまでちゃんとは読んでやせん」
やっぱり、というふうに軽く頷く。
「意外ときちんとお話知ってる人、いないの。」
そう言って、花音は再び本に視線を落とした。
「……ほんとはどんな話なんですかィ」
「主人公への嫌がらせがもっと陰湿」
主人公への嫌がらせ…ああ、確か金持ちのお父さんが死んでから周りの態度が一変するとかそんなんだっけ。
「どんな風に?」
「…厨房でこき使うとか、ごはんを抜きにするとか…これは絵本にも書かれてるエピソードだけど、わざわざ寒いときにお使いにだすとか」
面白そうだと思うのは、俺がドSだからだろうか。
「…人でなし」
「だって、言えばそうすんだろ?うまく調教できそうでさァ」
と、花音は少しだけ本から顔を上げた。なんだろうと思ったところで、初めて周りから聞こえてくる会話が耳に入った。
「境さん……なんで沖田君と…」
「いっつも来てたよね」
「…まさかあの子に会うためとか?」
「えっいやいや、まさか」
体温が急激に下がるのを感じた。