ドロップ
□第15戦 眼帯の奥
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校舎の横にある、大きな木。
その木立の中で揺れる影があった。
「クク……しばらく見ねェうちにこの学園も随分ぬるくなったもんだ」
ふわりと吹いた風に流れた髪の隙間からのぞいたのは、恐ろしい程冷酷な光をともした翡翠の瞳だ。
紫の髪をふわふわと揺らしながら、男は口の端を釣り上げる。
「―――境花音か」
少女の名が、風の隙間に囁かれる。
知らぬものはいないその名。少しの恐れを持って噂されるその名。
しかしこの男は、そう言った類の感情は一切持ち合わせていない。
この男にあるのは、虚無と隣り合わせの破壊欲だけ…。
「面白いことになりそうだぜ」
誰もいないその木陰で、男は不気味に喉をならした。
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「ふぅ…」
最後の一撃を終えて、あたしは息をつくのと同時に汗をぬぐった。
「これぐらいでいいか…沖田うるさいし」
伸びた男の懐から、女物の財布を取り出す。
今時スリとかはやんないって。
バカじゃないの。
「交番……」
財布を持って立ち上がる。あたりを見回すが、この地区の地理に詳しくないため方角がわから無くなっていた。
しかたない、とりあえず一旦大通りに引き返そう。
角を曲がろうとした、その時だった。
「………誰?」
風の吹いた角にいたのは眼帯の男だった。
ただの中二感を漂わせた男子学生ではない。
自分は危険だと、全身で言っているような男だった。
「…あんたが噂の境か」
「何の用?」
慣れてはいるが、初対面の相手に知ったように名前で呼ばれるのは好きではない。
あたしはまゆをひそめて切り返した。
「クク…殊勝なこった
不良を装って不良退治か」
「……そんな大層なモンじゃないわよ」
じゃり。
あたしは右足を後ろに引いた。
この男……なにかとんでもないものがある。
警戒の心を微塵もとかず、あたしはその片目の鋭い視線を受けた。
「そんな固まらなくても大丈夫だぜ、今んとこあんたに手をあげるつもりはねェからなァ」
「あっそ。じゃあね」
これ以上この場にいたくなくて、あたしは足速に男の横を通り過ぎた。
しかし。
「!!」
動きが止められる。
距離を取っていたはずなのに、いつのまにか肩を掴まれていた。
ふ、と視線を向けると、見たこともないような冷たい瞳が、すぐそばにあって。
「逃げることァねェだろぉ…なァ?」
本能が告げる、この男はヤバい
関わらない方が身の為だと
湿った風が吹き抜けたその一角。
たったひとつの翡翠の瞳に捕らえられたように、あたしはその場から1ミリたりとも動けなかった。