ドロップ
□第16戦 存在
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高杉 晋助。
沖田が教えてくれた、眼帯男の名をつぶやく。
言葉はすぐに、朝の教室の喧騒に掻き消されてしまった。
「高杉くんがどうかしたの?」
小さな声が聞こえ、驚いて顔を上げると ゆきちゃんがひょいとあたしをのぞき込んでいた。
「………なに」
「高杉くんの名前…今言ってたよね?」
「言ったけど…」
ゆきちゃんはおかしなところで人の言葉を拾う。
正直聞かれるほど大きな声だとは思ってなかった。
「珍しいね、わたしと沖田くん以外の名前口に出すの」
「っはぁ?なんでそこで沖田がでてくるの!」
「だって花音ちゃんがちゃんと名前で呼ぶの、わたしと沖田くんだけでしょう?」
「別に……沖田しつこいんだもん」
そう言って視線を窓にずらすとクスクスと笑う声がして、あたしはむっとした。
「……笑うな」
「ごめんね……今日は一緒じゃないんだ?」
「行きしは一緒。屋上に行かなかったの」
あの日から、なんとなく屋上に行く気がしなかった。
ここで否定しておくが、距離を置いているのは沖田との接触を減らすためであって、断じてあの眼帯に怖じけづいているわけではない。
今沖田と居ると、またおかしな態度をとってしまいそうで嫌だった。
あたしは沖田に頼っているのだろうか?
甘えているのだろうか?
……ありえない。
気持ち悪すぎる。
「とにかく沖田の話はこれでおしま……」
「誰の話が終わりだって?」
硬直する身体。
それを包み込む大きな温もり。
「…お、」
「いや我慢してたんですがねィ
最近あんまりにも構ってくれないんでこっちから来ちまいやした」
馬鹿か、この男は。
なんでこんな女々しいの?
なんで顔赤らめてんの?
「……離して」
「やだね」
あたしもやなんだけど。
周りをちらちらと気にしながら、あたしは遠慮がちにその腕から抜けだした。