人の血 鬼の血 徒然編

□第21章 眠レヌ闇ノ花
1ページ/4ページ







纏う湯気が、かすかにシャンプーの香りをふくんでいる。

髪を丁寧にふきながら、あたしは自室の真ん中に腰を下ろした。

タオルを片手に持ち替え、携帯を開く。

―――不在着信、1件。

待受に出た知らせがあたしの目を引き、眉を微かに寄せる。

一瞬ののち、指先に力を込めて発信ボタンを押した。

プルルル プルルルルル

規則的なコール音が鼓動と重なった、そのときだった。


『お嬢!』


「…ええ」


濡れた髪を指に絡めて弄ぶ。


『その後どうですか』


「まぁ…ぼちぼち」


『真選組なんてへんぴなところにおりましたら滅入ってしまいますろ』


「大丈夫よ。…調べも」


『ホンマですか』


「えぇ。大した動向はないから、そちらに目がいくことはないと思うわ」


そうですか、ないですか、比較的明るい向こうの相槌にふっと笑みをもらす。


『それでお嬢、いつお戻りに?』


手を止めた。

表情を変えずに襖から覗いた朧月を見つめる。

月のさやけさが、流れる薄紫の綿雲に隠された。

闇に落ちる。




「―――――――週末」




のびた爪が、夜に光った。

自分の声が、やけに耳に蔓延る。

――月は再び、雲の切れ間から顔を出した。


『週末ですか!ほんなら我々も準備しておきますさかい』


「いい、そんな盛大にしなくていいわ」


弾んだ声をたしなめるようにゆっくりと言う。柔らかな月明かりが畳に落ちた。


『若衆にも言うときます。楽しみですんね』


「……それは良かった」


それじゃ、怪しまれるからこの辺で。

静かに携帯を耳から離し、通話時間の画面をしばらくじっと見つめていた。


「………ふー…」


抜けるようなため息が出た。畳に踏ん反り返り、目を閉じる。



―――――――週末



終わりだ、もう。

簡単に手放せなくてずるずるこんなとこまで引きずってしまった。…でもそれも、もう終わり。

この苦しみから逃れられる。

この罪悪感を捨てられる。

―――きっと―――


なのに。

どうして思わず眉を寄せてしまうんだろう

どうして胸に、つかえが残るんだろう

綺麗さっぱり、消せるはずなのに…


月が光る夜空には、紫の雲がまばらに残っていた。


.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ