短篇集

□もっとかまって
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「トシ〜」
「ん?」

「遊ぼー!」
「ん」

「……聞いてる?」
「ん」


『ん』しか言ってないよこの人さっきから。
適当に返事してるの、まるわかりです!

私はむっとして、口に手を添えて早口で囁く。

「バーカバーカへたれマヨ副長!」

「お前切腹な」
「きっ、聞こえてるんじゃないのよーー!!」

聞こえててわざと気の無い返事をしていたのかしら?

わなわなと震える手を抑え、一度深呼吸する。

文机に向き合い、ひたすら筆を滑らせるトシに、あたしは背後からのしかかった。

「どぉ〜ん」

そのまま揺すってみる。
だがトシは何もいわず、黙々と書類を片付け続けた。

どこかで陽気に鳥が鳴く。
穏やかで気温もちょうどいい、屯所の昼下がり。

どこかのアホ隊長のせいで、今日も副長はせっせと書類処理だ。

くそぅ、総悟め。
余計な仕事増やしてくれちゃって………

本当にあの奔放な子供には、鬼の副長をはじめ真選組の一同そろって手を焼かされていた。

乗っかったトシの肩ごしに机を覗き込む。
書類の山、山、山。

これは……まだまだかかりそうだ。
仕事を待っていてもらちがあかないことを悟って、私はお誘いを変えてみることにする。

「トシ〜息抜きも大切だよ、ちょっと出かけようよ

「ん…」


聞いてるの聞いてないのか、相変わらず適当な返事しかしないトシ。

ムッとして、更に体重をかけると鋭い声が飛んできた。


「っあぶねーだろ!書類ミスったらどーすんだ!
邪魔すんだったらどっか行ってろ!」

ぴしゃりと言われ、あたしは縮み上がった。

びっくりした。
邪魔したのは悪かったと思うけど、きちんと返事をしなかったトシも悪いと思う。

そうならそうと最初から言ってくれればよかったのに。

初めは呆然としていた桜子だが、だんだん胸がチクチクしてきた。


頭ではわかってる。
トシは物分かりのわるい女は嫌いだ。
仕事よりあたしを優先してよ、なんていった日には本格的に嫌われるかもしれない。

わかってて、我慢できなかった。
そして怒られて…

それが悔しくもあるし恥ずかしくもあった。

……嫌だ、こんな惨めな気分。

くちびるを、ぎゅっと噛み締めた。



「……トシのバーカ、仕事馬鹿!」

立ち上がるて同時に口からこぼれた言葉。

トシはこちらを見向きもしないでタバコに火を点する。

カッと頬が照るのがわかり、あたしは急いでその部屋を飛び出した。

………鬼副長、

マヨネーズに埋もれて死んでしまえ!!

潤んだ視界を戻すように目にぎっと力をいれながら走る。

全力疾走で進んだ廊下の途中、誰かにぶつかった気がしたが 構わず走り続けた。
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