短篇集

□陽だまりの縁側
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『トラブルは恋のスパイス』

なんてよく言うが、料理に必ずしもスパイスが必要とは限らない。

まったり日本料理にピリ辛は無用。


あたしたちの恋も、そんな薄味和食みたいにまったりゆったり、季節のうつろいを織り込んで育ててきた。

「総悟ー、いる?」

ごろりと障子をあけるとあらわれたのは、誰もいない万年床の畳。

書きかけの書類が墨の渇いた筆と共に文机の上で散らかっている。


あれれ、いないんだ。
また逃げたな、土方さんにどやされるや…

呆れた光景が目に浮かび、くすりと笑う。

そんな景色でさえ、今ではほほ笑ましいのだ。


あたしは後ろ手に障子を閉め、廊下を歩き出した。


「うーん、今日はあたたかいなぁ」

冬の乾燥こそ残るものの、ぽかぽかとあたたかい気温は春そのもの。
長い冬を、越す証。

むきだしの木々の枝は若葉色のふくらみをつけ、巡る季節への期待を高める。

あたたかな風が頬を撫でた。


「……いた…」

縁側で人をおちょくるようなアイマスクをつけ踏ん反り返っているこの男、なんとあたしの彼氏なのだ。


「総悟ー叱られるよ」


腰を下ろしてさらさらの細い髪を梳く。

うぅんと甘えた声で寝返りをうった。

正確無比の剣の鬼、一番隊隊長沖田総悟。

攘夷浪士からおそれられる男も、こんな昼下がりの恋人の前ではただの可愛い王子様。

アイマスクをずらすとくらりとするほど端正な顔立ちがあらわれた。


「総悟」
「やでい…マヨネーズにうもれる夢見たんでさァ、気分悪くて死にそうでェ…」

「あららそれはお気の毒に。
あたしのケチャップ丼で夢直しする?」

「いや、そうゆう問題じゃねーんだ…つーか夢直しってなに?」
「口直し的な…」

「治した方がいいのはお前のアタマだな」

「ひど!」

ぷうっとむくれると頬をつねられた。
痛い痛い!


「はにふんの!」
「さらにブスな顔になってたからよ、つぶしてあげたんでィ」

「おーい総悟くん、いまさらにって言った?言ったよね?」


目の前の白くやわらかな頬をつねりながら睨むと、総悟はその手をそっとはずしてこつん、とおでこを当ててきた。


「笑ってなせェよ、俺ァ桜子の笑った顔が好きなんだ」

こんな至近距離でストレートな言葉をかけられて。
心臓は制御を知らない。

ちょっとズルくない?
あたしすきだ…この人が、すこく好きだ。


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