短篇集

□ただいま、いただきます
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ラーメンをすすう音だけが響く夜道に月明かりが差し込む。

どこか遠くで猫が鳴いた。

3月とはいえ晩の冷え込みには今だ厳しいものがある、俺はぼんやり思いながら蒸気を纏った麺を一心にすすい続けた。


と、不意にぷつっという極小さな電子音。

間髪を入れずにザーッと砂嵐の間に低い声が届く。



『首尾はどうだ、総悟』



ずるずると音をたてながら麺をすすう。口を動かしながら隊服の内ポケットをまさぐった。


「んーまぁ俺はもうちっと化学調味料が入った方が好きでさァね」

『ラーメンの感想聞いてねーよ!

つかてめぇちゃんと張り込んでんのか!?』

「うっせーな…

こちとらもう5日も屋台のシケタ飯食ってんだ

ちっとはゆっくりさせて下せェ」

『んなモンこっちも同じだっつーの!』


俺は憮然と箸を空になったお椀にのっけた。

ああもう…胃がムカムカすらァ。いい加減屯所の飯が恋しくなってきた。


「おい土方、いつになったら帰れるんでィ」

『さんをつけろさんを。敬え。

…さあな、もしかしたら今夜あたり突入かも知れねェ』


本当に明日で終わるんだろうな、と俺は低く声を出した。


『知るかよ。てめぇ次第だ』

「ふざけやがって、俺ァ屯所に残してきた可愛い可愛い桜子が心配で仕事も手につかねェんでさァ」

『じゃあ可愛い可愛い女の為に仕事頑張ってみせろよ。』

「今ごろきっと泣いてますぜ」

『話聞いてる?総悟くん』


――いってらっしゃい――

―――早く、帰ってきてね―――


近藤さんの陰にかくれて、顔だけ出した桜子が瞼に浮かんだ。

いつものやわらかな笑顔、その端に滲んだ

少し寂しそうな表情だけがやけに頭に残ってる。

思い出す度わきあがる愛おしさと焦燥感に悩まされるここ数日の俺であった。


『大体お前は過保護過ぎんだよ。

甘やかすからいつまでたってもあんな幼稚園児みたいに無邪気なままなんだろ。

ちったァ離れてみるのもたまにはいいことさ』

「知ったような口聞くんじゃねーよ土方。

あいつはなァ俺がいなきゃダメなんだよ」


あぁ、今ごろ一人で寝てんだろーなァ…

早く抱きしめてやりてぇ

無邪気な微笑みが憔悴した脳を掠める。

小さな体を優しく抱いて布団をかぶっていたいつもの温もりの恋しさに俺は歎いた。

――――明日こそ。


菊一文字のなめらかな鞘をするりと撫でると、小銭をおいて屋台を後にした。


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