短篇集

□夢幻夜桜
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「桜子、桜子」


真夜中の暗闇に興奮ぎみの囁き声が響いた。

重い瞼を開けばぼんやりと、しかしいつ見ても息を呑むほど鮮やかな蘇芳色の光がふたつ。

赤い目はすぐ前でぱちくりと可愛らしく瞬きをした。


「なあに…隊長

早番にしたってまだ早いでしょうが…」


あくびを落とすと視界が潤む。

布団をかぶって唯一の光さえ遮断しようとするととたんに寒気が襲った。


「なにするんですか!布団返して下さい!」

「俺の話聞いてくだせぇよ!」


だだこねる子供みたいな悲鳴を上げる総悟にあたしは起き上がった。


「あああもううるせェェ!

わかりましたよ!なんですか?」


起き上がって闇に目を凝らせば徐々に辺りがはっきりしてくる。

着流し姿の隊長がずいっとよってきた。


―――可愛いくせになんて色っぽい鎖骨なんだ!


些かくだらないことを考えて身を引いたあたしに隊長は口を開いた。


「見せたいものがあるんでさァ。

来て下せェ」


布団の中のあたしの手を掴んで引っ張り出す隊長にあたしは口でストップをかける。


「ちょっ、ちょっと待って下さいよ、

なにもこんな真夜中じゃなくったって!」


今じゃなきゃダメ!ぴしゃりと言われて目を白黒させるあたしを隊長は強引に引っ張っていった。

手を引かれるがまま夜の屯所の冷たい廊下を裸足で駆け抜ける。


「もーなんだってんですかあたし明日早番なのに

早朝の爽やかニュースお兄さん見逃したらどう責任とってくれるんですか」

「もれなく沖田隊長のブラックお天気予報が始まりまさァ。

朝から他の男にうつつを抜かす浮かれ彼女のせいで隊長の心は大荒れ

部下にはところにより職権の濫用が降りかかるでしょう」

「それはただの隊長の日常でしょうが!」

「隊長の荒れた空模様は桜子の唇でおさまる見込みです」


突然くるりと回転してこちらを向き抱きしめてくる隊長。


「ちょっ、まっ……」

「ちなみに拒否権はありやせーん」

「んんん!」


隊長のいつもに増して情熱的な口づけであっというまにふさがれた唇。

たっぷり1分間口を蹂躙され、隊長が離れるころにはあたしの息は上がってしまっていた。


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