短篇集

□初夏の晩は恋をする
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特別なことが起こる。

そんな日は『あの日はなんだか奇妙な夜だった』なんて言うけど。

いつもと何ら変わりない、日常でのことだった。

聞いてほしい。

本当、真剣に聞いてほしい。


まだ6月だってのにじりじりと太陽が照り付けた日中の名残。

すっかり暮れた町の一角は今だ微かな熱気が漂ってやがる。


そう、いつもの捕り物だった。


指揮をとばす土方の横で大きく欠伸。

菊一文字の鍔をするりと撫でた。

「おい総悟、聞いてんのか。一番隊は裏口から」

「きーてまさァきーてまさァ

ったく年寄りはぴりぴりしていけねぇや」


誰が年寄りだ!背中に投げられる怒鳴りを無視しながら、俺は裏口へと向かった。


今日の討ち入りは少しばかり面倒だった。

ここで撲滅しなければ後々厄介なのだ。

最近名声を高めた過激派攘夷志士団の殺戮。


切り込み隊隊長である以上、ここは先頭を切って俺が踏み込むことになるだろう。

渇いた唇を無意識に、ぺろりとなめた。


しん、と辺りが静まる。

全てのものが俺に委ねられる。


何もかもがまるで俺の集中のために息をひそめているような、そんな静けさ。

目をふせたまま深呼吸をひとつし、そして次の瞬間瞳をかっと開いた。



ばあん、戸を蹴破る。

「御用改めである!」

ばっと振り返る男たち。

刀を軽く握り前の二人の背後をとった。


「ぐああああ!」

「しっ…真選組だぁあ!」


かかれ、と刀を突き出せば背後からどっと隊士たちが突き進む。

その濁流の真ん中で俺は無になって剣をふるった。


恐ろしく冷酷で冷静な、一番隊隊長、沖田総悟に。

一心に斬り進んだその先に、俺は何か異様な空気を感じた。


周辺とはまるで違う気の流れ。

偉大な畏れや壮絶な威圧的と言えようか…まるで吸い寄せられるような。

それでいて、近づいてはいけないような。

とにかく異質なものの存在をにわかに感じとった俺は浪士たちを薙ぎ払うように突き進み、道をひらきその根源に近づいた。


「………は、」



女だった。
栗色の髪を波打たせしなやかに身体をふるい、傍若無人、しかしそれでいて正確無比な剣。

彼女の周りに倒れる無数の死体。

見えた瞬間、
深い瞳がかすかにあって――


きぃん、一直線に伸びた刀の先が
俺のそれの切っ先にぴたり、あたった。

動かない。どちらの刀も。


びりびりと遅れて腕を襲う痺れは、決して疲労からのみ来るものではない。

確証はないけど、たぶん、違う。


もうこれが討ち入りだとか、
こいつはやばいとか、
頭の外で天の声が必死に俺に呼びかけるんだけど。

だめだ。
聞いちゃいねぇ。
俺、もう多分これ以上動けねぇ。



ふるふると瞳をふるわせるようにして女を見つめていた俺だが、そう、
まあつまり。






簡潔に言うと、一目惚れだったってことだ。
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