短篇集

□ROAD
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『あの私には、戻らない。』

大画面の中で、美しい顔をまっすぐ向ける女性に合わせてそんなナレーションが重なった。
化粧メーカーのロゴが出る。

そんな何の変哲もないCMだったけれど、その言葉が鋭く突き刺さる沖田は都会の真ん中で、大きなディスプレイにちらっと視線を流しながら人混みのなかを歩いた。

あの私には戻らない…
どこかのモデルが華々しく表情をよこしている。美しさを手に入れたから過去を振りかえらない、そういうしたたかなフレーズだ。

どうしてこんなに悲しく響くのだろう。

もうそんなことを考えられる余裕もなく、雑踏のなか、ただひとりの女の顔を浮かべていた。
情けないほど、ただ、一人だけを。

















「ハイおっけー!完璧だよ桜子ちゃん、お疲れ様!」

カメラマンの声が響き渡り、私はぱっと表情を明るくした。

「ありがとうございました!」



近ごろ思うのだ、私は本当にふさわしい場所を手に入れたーーと。
息をつきながら荷物をまとめる。

長い月日がたって、あの日からもう一年が経過しようとしていた。

別れを告げた日の胸を刺すような痛みが、春の雪解けのように徐々にやわらいでゆくのがわかった。

このままいつの日にかは消えて無くなってしまうのだろうかと、頭のはじでそんなことをかすかに思う。
それでも。

(あの私には、戻らない…)

繰り返される言葉の意味も、いつかは真に理解するのだろう。

私は戻らない。


「ずいぶんと調子がいいのねぇ、ベストイヤーモデル最有力候補の桜子さん?」

ねっとりとそんな声がふってきて、私はにやっと顔を上げた。

「そんなそんな、若い力のおかげですかねぇ…」

案の定、そこにはモデルの葉月さんが美しく立っていた。私の言葉にくつくつと笑いをこぼす。

「ほんと口が達者になってきたわね、調子に乗ってると大コケするわよ」
「たとえこけてもただでは起きませんよ私は」
「言うわね」

自然と笑顔が溢れる。葉月さんはきつい印象を持つけれど、実力を兼ね備えた最高のモデル、女優だ。

私はこの人といると、自分の中の闘志がわきたって、ちゃんとここでやっていけるだけの気持ちになれる。

「ま、とにかく頑張ってね。アナタがそうでなくちゃ私も張り合いないもの」
「はい!」

そしてこの人は私を対等に認めてくれる、私はこの人に応えられる、私たちは世界に求められてる…。

「今度ごはんでも行きましょ、噂のスターに色々聞いてみたいことたくさんあるわぁ」

「え〜っいいんですか!ごはん、行きたいです!」

それに聞きたいことなんて私の方こそ山ほどある。

初めの頃はなにかとつっかかってきた彼女に苦手意識も持っていたが、そんなのは少しずつ吹き飛んで私の中で一番尊敬する人になった。


じゃあまた、と手を振り夕日の差し込む大都会の真ん中の交差点をそれぞれ別れていく。

綺麗な人だなぁ。

それに最初から、彼女の美しさはちゃんとわかっていた。この世界で生きるために覚えた「いじわる」をどんなに身につけても、失われない美しさがこの人にはある。

私もそんな人になりたい。


究極の厳しさがはりつめた世界で、生き残りをかけて究極の戦いをし、しかしその世界で求められる魂をけして汚させない、気高さを持つ人間に。

真の魂を持った人間に。

そうまるで…





「……まるで侍ね…」



唇から、意図せずこぼれた言葉だった。
自嘲的な響き。
サムライ。

大通りを進むわたしの足を重くする、呪いみたいな言葉…



『とんだ裏切り者がいたもんだ』


「やめてよ…」

自分のものとは思えないような低い声。秋を匂わせる風がつめたい。


『逃げるのかよ、だからお前は…』

「やめて…」

だから使えない、おいてかれるんだ。



(やめて、やめて、やめて!!!)

弾かれたように駆け出した。私は戻らない、私は振り返らない。

総悟、私のあなたへの想いは今や憎しみよりも重く恨みよりも悲しいものになってしまった。

ずっと孤独に耐えてきたけど、あなたといた日々はとっても幸せだったはずなのに…


裏切り者、あの言葉は傷ついてしまった私には辛すぎる言葉だったのかな。


もう戻れない。
戻れないのだ。

だからこそ、私はやりきるしかない。




「総悟…いつか私の力で見せつける」

あなたが私を美しいと讃える日まで、私は成長し続ける。私は戻れないよ。
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