主従の糸は恋
□あなたに一生仕えます
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水面に浮かぶように、まどろんだ意識からふっと目が覚めた。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「わたしの部屋…」
見慣れた和風の一室、真ん中に無造作に敷かれた布団の上に、わたしは横たわっていた。
「うーんと、昨日の夜はお妙さんの家で下着泥棒を…」
自分の体に丁寧にかけられた薄手の掛け布団に手をやりながら、その後のことを思い返した。
そっか、隊長がやってくれたんだ。
昨日着ていた上のしっかりした着物は脱がされて、ちゃんと薄手のものだけになって布団にいるし、脱いだ着物はきちんとハンガーにかけられていた。
きちょうめんな人だなぁと感心する。
「昨日楽しかったなぁ」
ことの発端は下着泥棒という不穏な案件であったが、みんなでどんちゃんするのはちょっと久しぶりで本当に楽しかった。
手を口に当て、ふふっと笑みをこぼす。
そして、帰りのことを思い出して…顔がわずかに、へんに真面目になるのがわかった。
「下着とられたとか、そういうことは俺にでも誰にでもいいから言いなせぇ。屯所に入られたってことだぞ」
隊長が、あんなこというの珍しいね。でもそうだよね、私たちはただの家とは違う。
この敷地に入られたんだから、今回は相手が相手だったけど、一歩間違えたら大事件だ。
「てかよ、ふつー忘れるか?下着盗まれたことを」
女として隊士として、その辺はしっかりしろってことなのかなぁ?
うん、確かに…と一人で頷く。わたしには、ジカクってやつがきっと足りないのね。
でもね、それだけじゃないって私知ってるよ。帰り道私をお姫様抱っこしてひょいひょいと飛び回っていった隊長の、私を抱く腕。
私が握った瞬間、その力をほんの少し強めて体を抱き直してくれた、わたし、私隊長の気持ちがいつも流れるように伝わってくる…。
いろいろ気にかけてくれてるんだよね。下着泥棒のことだって、屯所への侵入を気にしてのことだけではない。一応気にして、ちゃんと報告しろって言ってくれてるんだ。
他の人がそんな訳ないと否定しても、私にはわかる。
たとえ隊長が否定したって。
隊長は、そういうひとだから。
「オーイ、生きてるかィ」
すっと部屋の襖がひらかれた。
朝日をバックに隊長が立っている。
「勝手に殺さないでくださーい」
にこにこと手を振って見せた。
すると珍しく隊長は部屋の中に入ってきて、私の横に腰をおろした。
「昨日のこと、一応土方さんには伝わってるからな。悪く思うなよ」
「なんで悪いの?」
「そらぁお前、…いや、なんでもねえ。」
私を見つめて、それからハァ、とため息をつく隊長に私は首をかしげるだけだった。
布団で寝巻きのまま、髪をよいしょよいしょと結い始めた私を隊長はぼんやり見つめる。
「あれ〜、この髪が…」
自分の猫のように細くへにゃっと柔らかい髪をせっせと集める。
不器用ったらありゃしない、神楽ちゃんみたいにいつも綺麗にまとめたいのだけれど…。
「お前さぁ…」
不意に、隊長がぼんやりと頬杖をついたままつぶやいた。
え?と顔を向ける。
「なあに?」
隊長は答えない。
私は不思議に思って顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「…顔近ぇんだよお前は。」
ぐいっと手のひらで押し返される。痛いいたい!鼻が、はなが潰れてる…
伸びてきた隊長の手は、頭を撫でるのかという予想に反して私の胸のあたりまで垂れるハシバミ色の髪を掌に乗せた。
「…毎日毎日よく結ぶな」
「だって、こんな髪垂らしてたら邪魔じゃない!剣ふるうときにさ〜」
例えば、こっちからフェイクかけてこう斬って私がこーんな体勢だったら、髪の毛で見えないかもしれないし、バッサリやっちゃうかもしれないよね?
と、私は布団の上で実演してみせた。
それはそれで、カッコいいかなぁ〜とけらけら笑う。
でも隊長は、それを神妙な面持ちで眺めていた。
「剣のために結んでんのかィ?」
「うん、そう!」
「加恋」
隊長が私の名前を短く呼んだ。
動きを止めた。
へらへらと笑っていた顔をやめて、私は、ゆっくり隊長の方を見る。
「なーに?」
「お前にとって剣は大事か?」
…その質問はおかしい。
私は問われるやいなや、そう思ってくすっと笑った。隊長がムッとするのが気配で伝わる。
「なぁにがおかしい」
「だって隊長ったら変なの〜!そんな質問はおかしいよ!」
大事もなにも、それがなければ私はすべてを失うもの。
隊長を見つめた。