主従の糸は恋

□放し飼い
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畳の大広間は黒ずくめの隊服で埋め尽くされていた。

張りつめられた空気を堂々と受けながらその集団の前に一人立ち、毅然と叫ぶ色男。


「将軍にかすり傷一つでもつこうものなら俺たち全員の首が飛ぶぜ!」


それを心得よ、と隊士を見渡す。

隊士たちもまた引き締まった顔でわずかに首を各々縦に降る。


「とにかくキナくせー野郎を見つけたら迷わずぶった斬れ、いいな!
おれが責任を取ってやる!!」


「ねぇトシ、首が飛ぶってどういうこと?加恋たちどうなっちゃうの?ねえ!」


場にそぐわない声がした。
鬼の副長土方十四郎をトシと呼び、タメ口を聞けるのは彼女と近藤さんだけ。

そしてかつ彼の醸し出す緊張感をものともせずこうもぶち壊しにできる人物ということになれば、それは彼女しかいなかった。


「…あぁ加恋、クビが飛ぶというのは日本語の典型的なものの例えであって現代社会においては、通常はこの場合のクビは要するに職のことを指していている。つまり、」

「なるほどつまり、まとめるとアンパンマンになるってことですね」

「今の話をどうかいつまんだらそんなコミカルな結論にたどり着く!」


くわっと牙をむく土方に加恋は指を立てて受け答える。


「アンパンマンのように頭がとんで新しい自分に生まれ変れるんでしょ?」

「いやそうだけどそうじゃねーよもう別の何かに生まれ変わってんだろソレ!」

「でもおかしいよねぇ、顔のパンが変わったってアンパンマンの魂は確実に死んだんだから、人格受け継がれてるなんておかしいねぇ、ぷぷー変なの!」

「オイやめろよホント、あんま危ないところに突っ込むな」


周りの隊士たちがお決まりのパターンに入りつつある上司たちを見ながら互いに顔をみ合わせる。

その呆れた視線にしかし、気付くことなく近藤が勢いよく入っていった。

「イヤァァ加恋ちゃん!顔のパンとか人格受け継がれるとかそんなことどこで覚えてきたの!メッ!そんな夢のない子にはお父さんさせません!」

「隊長がねぇ、」

「総悟ぉぉまたお前か!」


近藤の悲痛な叫びに対しこれまたテンション差も激しく、誰より涼しい顔をしている美男子。

神妙な顔で刀を握っている。


「どうした総悟、めずらしく険しい顔してんじゃねーか」


「いやねィ土方さん…
さっきの話ですが、俺ァどうにも鼻がきかねーんで

侍見かけたら片っ端から叩き斬ることにしますぁ、頼みますぜ」

「あ、オーイみんなさっき言ったことはナシの方向で」



季節はまさに夏本番を迎えたと言っても過言ではなく、連日猛火のごとく日差しが降り注ぎ始めていた。

屯所にも熱気が立ち込めている。


もっとも生命が輝きを迎えるこの季節。彼らは今日も今日とて江戸を守るための任務に当たるのだ。


「いいかおめーら、今回の任務は格別に重要なものだ!ここからよく聞け、大事なことだ

こいつはまだ未確認の情報なんだが、江戸にとんでもねぇ野郎が来てるって情報があんだ」


土方の目が灯す真剣な光に、皆眉をひそめながらその言葉に反応する。

「とんでもねぇ奴って一体誰でェ」

「カツラは大人しくしてるもんね」

加恋がまるでかばうようにすかさず口にした名前は、狂乱の貴公子の二つ名を持つ言わずとしれた攘夷派浪士の一人である。


「以前料亭で会談をしていた幕吏数十名が皆殺しにされた事件があっただろう。

あれァ奴の仕業だ…」


沖田ははんっと鼻を鳴らし、加恋はめずらしい無表情のなかにも僅かな笑みのようなものを口元に浮かべる。


「攘夷浪士の中でももっとも過激でもっとも危険な男。

そう…」


ーーーーーーーーーーーーー


1人の男がいた。
菅笠を深くかぶり、その割に派手な着物をなびかせる。

橋の上の男である。

ゆっくりと小さな老人に近づいていく。

こちらの老人は先刻のカラクリ技師、平賀源外だ。


男の忍び寄る足はカウントダウン。
破滅への道が民を、友を、敵を、道ずれにする未来。


ーーーただ壊すだけだ…


男の名前をひとたび口にすれば、運命は動き出す。


「ーーそう、高杉晋助の、な」
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