主従の糸は恋
□独占の炎・前
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加恋のものは俺のもの。
加恋本体も、その所有物も身につけてるものから部屋も中のモンまで、全部俺のだ。
だから、十代の女にしては殺風景なその部屋に鎮座してる文机に、なにが入ってんのかも大体知っている。
加恋、お前は俺にまつわるものならなんでもそこにしまう。
嫌がらせでやった雑草も誕生日プレゼントと称してよこしたその辺に咲いてた花も、お前にかかりゃブロマイドと同じくらいの価値を持つんだ。
みんな綺麗に押し花されてそこにある。
なんでもいい。
お前が俺にどれだけ執着しようが、俺には何の危害もねえ。
俺はお前がいれば楽しいけど、いないと悲しいかはわからない。
お前が俺をどこまで愛すか、どこまで付いてくるか、それは俺がきめることじゃねえ。
だが加恋、俺に忠誠立てるならそれなりの覚悟をしろよ。
他の男の名刺なんか、俺のブロマイドと一緒にしまってんな。
契約違反だよな?
お前が土方呪いの手伝いをしようがしまいが、俺はお前の文机くらい、その気になればマジに燃やしてやるぜぃ。
でもお前ごときのためにそんな二酸化炭素排出するのも地球に優しくないから、今のところは勘弁してやるよ
すみかは大事にせにゃならんよな。
*************
「あ…赤い着物の女が…う、う
来る、こっちに…くるよう…」
「近藤さんしっかりしてよぉ〜大丈夫〜?近藤さん〜!」
「みっともないですぜいい歳こいて寝言なんざ…」
座敷の一室で、真ん中に敷かれた布団にその男は横たわっていた。
両手をそれぞれ枕元に座した美男美女に握られ、心底心配そうな顔で覗き込まれている。
本来なら華々しく冥利に尽きるようなシーンだが、肝心の近藤は夢にうなされたままこちらへ帰ってくる気配はない。
「こりゃあれだな、昔泣かした女の幻影に取り憑かれてるんだ」
「近藤さんは女に泣かされることはあっても泣かしたことはねえ」
じゃあお前が昔泣かした女の嫌がらせ、と指摘する銀時に土方は憮然と「そんなタチの悪い女を相手にした記憶はない」と言い返す。
じゃあなんなんだとやいやい言い合う横で、枕元の加恋と沖田はどうにかして近藤をこちら側へ呼び戻せないかとあれこれ試していた。
「白雪姫はキスで目が覚めたと斎藤さんが言ってたよ」
「バカ、ありゃ絶世の美女だからこその効果だ、お前がキスしてもありがたみがねぇ」
「『ゼッセイノビジョ』ってなぁに?私は『ゼッセイノビジョ』じゃないの?」
「お前は美女ならぬ微女だ」
ハテナを浮かべる加恋の額に軽くデコピンを食らわし再び近藤を見やる沖田。
「ちっとしめてみるか…」
ぼそっと呟かれたその言葉に、加恋はぎょっと顔をあげた。
「んん?え…なに、今なんて言ったの?」
「いやねィ優しさだけじゃ世の中上手くいかねぇというのが俺の矜持でな…」
ゴキバキッ!
「こっ…近藤さぁん!死んじゃう!隊長なにしてんのぉ!」
近藤の首に腕を絡めて技をかけ始めた沖田に加恋の制止の声があわててかかる。
優しさだけではまわらない、その沖田の殊勝なポリシーはもちろん加恋がよくよく知るところであったが、最も崇拝してるはずの近藤にまでそれを向けてしまうのだから末恐ろしい男である。
「加恋手出しすんじゃねぇ!」
「だって近藤さんが…ごふっ」
沖田の肘が加恋の顎の下に入り、鈍い音ともに加恋が崩れ落ちる。
二人のドンチャンを横目で流しながら、新八は思い当たる結論を口にした。
「やっぱ幽霊スよ、絶対」
「バァカ、幽霊なんて非科学的なモンこの時代に存在してたまるかよ。
ムー大陸はあると信じているがな、幽霊はナシだ」
一時流行った幻の都市伝説を口にしながら、銀時は気だるげに立ち上がる。
「アホらし、付き合ってらんねーや。けぇるぞお前ら」
「銀さん…」
「なんすかこれ」
銀時の両手は、確かに両脇の新八神楽につながっている。
いや、繋がれているのだ、手が。
「何だコラ、てめーらが怖いだろうと気をつかってやってんだろーが」
「銀ちゃん手ェ汗ばんでて気持ち悪いアル」
部屋に妙な空気が流れた。
銀時の歯切れの悪いセリフは神楽の身も蓋もない物言いにバッサリと切られ、その切れ味と言ったら腰に刺さった木刀洞爺湖も霞むほどである。
加恋と沖田は顔を少し見合わせて、加恋がふいと銀時に視線だけを戻す。
すぅ、息を吸う音がした。
「あっ赤い着物のおんな!!」
その途端、銀時の体が水面を跳ねるトビウオのように飛び上がり、そのまま押入れへダイブした。
「なにやってんスか銀さん?」
「いやあのムー大陸の入り口が…」
再び妙な空気が流れる。
なんとも気まずい。
沖田はふむと顎に手をやり口を開く。
「土方さん、こいつぁひょっとすると…って、あり?」
そこには威厳ある鬼の副長…の姿は影も形もなく、壺に頭を突っ込んだ、先ほどの便器とゴリラを彷彿とさせるような土方十四郎がいた。