短篇集

□波音
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ざぱぁあん…。
白い砂浜に、寄せては返す蒼い波はそんな音を繰り返す。

真夏の太陽の光を受け、足元をうつ度に白いしぶきの中に金色の輝きをみせる。

サンダルを引っ掛けた二人の白い足に、何度も何度もひんやり打ち寄せた。


「綺麗だね〜」

総悟のとなりで呟くも彼はそのうねりを見つめるだけで、何も返してはくれない。

……せっかく来たのに。

総悟は、私なんかと海にきても楽しくはないのだろうか?


せっかく誘ったのに、微妙な空気になってしまった。

いろいろ考えていたら、そんな胸の内に伴って頭や足が重くなってくる。


波の音は相変わらず大きい。
わたしたちの沈黙を強調してるみたいだ。

波音の間隙に、何か話そうと口を開いたときだった。


「…おめェは、俺と海なんざ来ても楽しくはねーのかィ」

「え…?」


ちょうど思っていたことを言われ、戸惑ってしまった。

え…?どういうこと?
それは私の台詞だ。

私はとなりの総悟をまじまじと見つめた。顔はさらさらの亜麻色髪にかくれて見えない。


「そんな訳ないでしょ…
そう思ってたら呼ばないよ…」

「でも土方達がいた方が楽しいんだろ?」

そのセリフに、わたしははっと自分の言葉を思い出す。

『みんなで遊んだ方が楽しいじゃん』

そしてびっくりして、もう一度総悟を見つめ直した。

私の中に1つの可能性が浮かんでる。

いやそんな、そんなまさか。
でも…
もしかして、もしかすると。



「…総悟…妬いてるの…?」

さっきから不機嫌なのもそのせい?
だとしたら、だとしたら。

淡い一つの期待を、真夏の太陽が照らす。

じっと見つめると、総悟はふいと海の青に視線をやった。


「…わりーかよ」


認めた。あっさり認めた……。

端正な顔はほんのり赤い。
これは、…そうとらえてもいいのだろうか。


「いや…そんな…」

むしろ嬉しいのだ。

総悟がこんなこと言ってくるのは、初めてだ。


ざぱあぁんという、岩をも砕くようななみ音がふたりの妙な雰囲気に打ち付けていく。

やがて音がみんなの声をかき消して、私と総悟を小さな世界におしこめる。


しゃらしゃら…と波がひいてゆき、2人の間に、またも沈黙が訪れた。

だがそれは 決して耐え難いものではなく。

まるで大事な言葉を紡ぐための息つぎのようにも思えた。

ひときわ大きな波の音が浜辺に押し寄せた、その時だった。









「好きでさァ桜子」




「えっ…?」





しゃらしゃら…という波の帰ってく音だけが、二人を冷やかすみたいに包んでる。


「総悟…?なんか今…」


海を見つめたままの総悟に問い掛ける。
地をはう海の音にまじって波打つ心臓。

高鳴る胸の鼓動を押さえていると、総悟はふいにこちらを向いた。

彼はサディスティックににやりと笑んで、

「さあ?
波のいたずらじゃねェかィ」

悪戯に肩をすくめた。
見つめる二人は動かない。

でも微笑んでいて。
黄金の光が注ぐ砂浜に光の粒を撒き散らしながら、波はなおも寄せ続ける。

どきどきした胸の内をかくそうともしないあたしの顔は、たぶん赤く染まっていて、

それをどうすることもできないまま、だまって、きらきらと総悟を見つめている。

言って、ねえ言って。
もういっかい言ってよ

するとしばらく海だけを見つめていた総悟は、ふいに私の方にその端正な顔を向けると、2回だけ、たった2回だけ口を動かした。

たった2文字だ。

その音にならない2文字で、何もかもわかってしまうくらいには、私たちの気持ちは十分近くにまでおしよせてたんだ。


「総悟っ」


しっかり背中に回された腕をどきどき感じながら、私は海の揺れる音に身をゆだねた。



波音


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