短篇集
□レッド・メッセージ
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何てことはない時間が過ぎていく。
私は邪魔がないのをいいことに、上機嫌でオムライスを完成へと近づけていった。
「よし神威、さっきの卵ちょうだい」
ボウルに入った卵をフライパンに薄く広げる。
「おぉ…」
口を半開きにして感心したように覗き込んでくる神威の顔はくらいキッチンに灯る火で赤く反射していた。
子供みたいなその顔、わたしあなたのその顔が好きよ。
神威、こういう時間がわたしは幸せ。
…などと、恥ずかしいことは口に出せないけれど、穏やかな時間にわたしの心は確かに凪いでいた。
焼けてきたところで、ご飯を卵で包んでいく。
「はい神威の〜」
続けてあたしのも作る。
うん、今日はなかなかいい出来だね!
「桜子〜早く食べよ」
神威に腕を引かれてわたしもそそくさとテーブルにつく。
ケチャップを手に持ち、わたしは少し考えた。
「うーむ、よしっ」
腕をまくってケチャップを絞ったわたしの前には、なんとも可愛らしい料理が鎮座していた。
『かむい(ハート)』
「…ちょっと、何コレ」
「愛のメッセージ」
はいどぉぞとそのオムライスを神威に渡すと、失礼なほど苦い顔をしてその文字を凝視していた。
鼻歌交じりにあたしのオムライスにも文字を書く。
『桜子(ハートハート)』
「…何で俺よりハート多いの?」
「やだなー神威くん嫉妬かい?」
「うるさいよ桜子」
あからさまに顔をしかめてるけど、神威は意外とこういうのを止めはしないから、わたしはそれをわかっていて内心微笑む。
いただきます、と手を合わせる神威。
「うん美味しい!うまいね桜子」
「それはわかったからも少しきれいに食べておくれ神威くんよ」
あんなに丁寧に書いたのに、奴は一気に食べてしまった。
…って、お腹すいてたからあたしもそれなりのスピードで平らげたけど。
「もうちょっと味わって食べてもいいじゃない?」
「味わったよ。ごちそーさま」
ガタッと席を立つ神威。
食器を流しに運んでいった。
「あー神威、食器はそこ置いといていいよ」
神威はうなずいて、皿を置くとさっさと部屋に戻ってく。
わたしも平らげた皿を持ってキッチンへ運んだ。
「さーて片つけますか」
洗い物は残しておくとどんどん嫌になるタチなので、すぐ片付けてしまうようにしている。
神威の置いていった皿もとって流台へ突っ込もうとして…
わたしは動きを止めた。
「……ん?」
置いてある大きな皿、そこには、残ったケチャップで書いたうすい文字があったのだ。
思考の止まったあたまでその文字を読む。
『ごちそうさま』
カワイイとこもあるじゃない?
自覚はしてるんだけど、わたしってこういうのにトコトン弱い。
嬉しい文字を写メにとった。
すぐに神威の部屋へ走ってゆく。
「神威〜っ!」
「うっわ桜子か、びっくりした」
「神威ーありがとう!」
「!!……『どういたしまして』」
神威の少しだけ赤い頬にそっと触れると、その手をぐっと引き寄せられた。
神威の腕にすっぽりおさまる。
「………桜子『好き』だよ」
「あたしはねー、『大好き』」
「んーじゃあ俺は…」
頬に落とされた甘い口づけと、耳に囁かれたのは真っ赤な言葉。
「『愛してる』よ」
こわくて気難しく見えるけど、ホントはどこまでもかわいくてただただ素直な、それだけの男。
わたしが好きなのは、そんな赤髪の喧嘩師だ。
レッド・メッセージ
ケチャップなしだって、それは赤い。