短篇集

□君から始まる桃の春
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「おいしい!」


「そりゃアンタ人の金で食べるものは団子に限らず旨いってモンでさァ」


なんて皮肉ると桜子は律儀にありがとうとお礼を言ってくる。

頬染めて、俺の着流しの袖引っ張って。

……くそ、可愛いじゃねぇか。


「…花見サービスでさぁ…」


梅の花に視線を戻して言う俺に桜子はなおも優しい眼差しを向ける。

…こっち見んな、照れんだろィ!


「総悟」


はずみが声の端にのぞく桜子。かっと頬に熱が集まる。


「…なんでィ」


「来てよかったね!」


……だから、その笑顔は反則だ

兵器でさァ兵器。
つくづくこいつにベタボレなのだと実感させられる。

どこか遠くで鶯が鳴いているのを俺はぼんやり聞いていた。


「……なあ、桜子」

「なあに?」


俺は前を指差した。白や綺麗な桃色に色づく梅の花たち。


「…桃の花とあれ、なにが違うんでィ」


少しだけ桜子が目を見開く。

俺が違いを知らないからじゃない。

違いを知らないことすら気づかないほど普段の俺は風流や季節に添えられる花に頓着しない。

近頃は専ら、花を楽しむ桜子の姿を楽しんでいた。

だから大した理由などないのだが、なんとなく聞きたくなって。


「…珍しいね、総悟がそんなこと聞くなんて」


…多分本当に聞きたかったのはその違いじゃなくて
それを嬉しそうに俺に話す、愛しいアンタの声なんだと思う。


「まあ花とか詳しくみれば違うんだけど、桃の花とは違ってね、梅って節に一つしか花がかないの」


「え、そうなのか」


「うん。だからね、桃みたいな華やかさはないでしょ?」


そう言われてみれば確かに、可憐な花より寧ろむきだしになった枝の方が目につく。


「時期的にも桃の方が遅いから、梅でやっと冬から抜け出して
桃の花で春到来、って感じ」


「なるほど」

「わたしは、華やかな桃もこじんまりした梅もどっちも好きよ」


にっこり微笑む桜子に、ああそうだなとぼんやり思う。

梅の控えめな姿や、そしてそれでいてうっとり眺めてしまう不思議な雰囲気も、桃の花の麗しくもやわらかな風合いも桜子によく似ていたからだ。

……こりゃ重症でさァ。
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