Blue rose
□女王の戌と、天使
1ページ/4ページ
「ファントムハイヴ家の者ですが」
その黒い執事はすでに、ヴェネル邸に進入していた。一つの窓からのぞく、美しい天使に一つ、ほほ笑んで。
『お迎えに上がりますか。』
ハイトは窓の外に、悪魔の到着したのを確認して、一人しかいない部屋から彼の元へと向かった。
「五時四三分」
セバスチャンはぞろぞろ出てくる鼠をすべてかたずけ終えた。広間に降り立てば、その時ちょうどドアが開いた。
『ごきげんよう、セバスチャン?』
「これはこれはミセスハイト、こちらにおいででしたか」
ドアから入っていたのは傷一つないハイトの姿だった。白く、細い手首の赤い痕もすっかり消えていた。
「てっきり拘束されてると思ったんですが」
『されていましたよ、』
「ほう、ではアレになったんですか?」
『坊ちゃんには内緒です。嫌われたくはありません。』
「嫌われればいいのですがね」
執事は天使にも聞こえないように呟いた。その言葉がハイトに届いていたか、いないかそれは本人にしかわからない。
『何かおっしゃいましたか?』
「いえ、何も。
ハイトの大好きな坊ちゃんをお迎えに上がりますよ」
セバスチャンは誤魔化すように、話を変えシエルを迎えに行くように促し、2人はシエル救出へ向かった。
アズーロ・ヴェネルは一種の恐怖心を心に抱いていた。
先ほどまで銃撃戦の発砲の音が聞こえていたのに、それがピタリと止んでしまい、部屋に飾られた時計の針の音だけが響く。
――カチ、カチ、カチ、カチ、カチ・・・
妙に、緊張感を漂わせる。
――カチ、カチ・・・カツン、カツン
「――!!」
時計の針の音から、廊下を二つ分の革の靴が歩く音に変わる。
アズーロ・ヴェネルの銃を持つては小刻みに震えだす。
――カツン、カツン、・・・・・・・・・
ドアの前で一度足音は制止。
そして、ギィィと音を立てて、ドアが開く。
「お邪魔いたしております」
『主人をお迎えに参りました』
燕尾服の男セバスチャンと、メイド服の女ハイトは深々と礼儀正しく頭を下げた。
「は・・・は
驚いたなあれだけの人数一人でヤっちまうなんて、参ったね
それに、そのメイドまで助けちまうなんてな・・・」
あからさまに焦った表情をしているヴェネル。額に汗が流れていることもハイトは見逃さない。
緊張しているのか口数が多くなるヴェネル。
「ただの執事じゃねえだろう」
「いえ、私はあくまで執事ですよ
ただのね・・・」
何が、あくまで執事だ、なんてハイトは心の中で悪態をつき、ずっと何も言わず彼らを、この状況を傍観していた。
壁の向こうの人間が殺気をむき出しで、絵画のなかで潜んでいることもすべてわかっている。それを誰かに伝えることもせずに、ハイトはただその場で佇み、主人の痛ましい姿を見つめていた。