邸の裏庭
□電車の中で
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がたんがたん……がたんがたん……
適度な揺れと、適度なざわめき。
そして部活終わりのほどよい疲れに睡魔さまが私の上に降臨する。
正直、ものすごく眠たいです。
部活友達はみんな私とは反対方向へ帰るので、ぽつりと電車の座席に一人座っていると、どうしても眠気に襲われてしまう。
私の家は学校の最寄り駅から、電車に揺られ揺られて20分ほどかかる。疲れた身体では起きているのはちょっと……無理かな?
いいよね、寝ちゃっても。少しくらいなら大丈夫だよね。
そう思って私はまぶたを閉じる。
ちょうどうとうとしかけたときに次の駅に着いた様で、隣に座っていた乗客が立ち上がって降りて行き、代わりに誰かが車内を移動してきて隣に座る気配がした。
その時ふわっと香る、なんだか覚えのある優しい香り。でもわざわざ目を開けて確認するのも失礼な気がして、そのまま私は昼寝を続行する。
それからどれくらい経っただろうか。
もしかするとすぐだったのかもしれない。
熟睡モードに突入していた私は、かくんと頭が揺れたのを自覚した。
が。
ゴンッ!
「ふぁっ!? 」
「ぶっ……くくくっ…あははははっ」
後ろ頭をガラス窓に思い切りぶつけた衝撃に、思わず目を開けて小さく声をあげてしまった私の耳に、隣から聞き覚えのある声で大きな笑いが上がった。
「……お、お、沖田先輩っ!?」
「あははは、はぁ、可笑しくて死ぬかと思ったよ」
なんと隣にいたのは沖田先輩だった。
なんだかとんでもない人にとんでもないところを見られてしまったような気がする。
「それにしても良く寝てたよね?こっくりこっくりしてたから、危ないなーって見てたら、ほんと、思いっきり頭ぶつけたね」
「うぅ……」
恥ずかしさに顔が真っ赤になる。でもそれ以上に後ろ頭が痛い。たんこぶ、できてないといいんだけど。
ついつい頭に手をやって確認していると、不意に沖田先輩が顔を覗き込んできた。
「痛いの?」
「はい……本当に思いきりぶつけたみたいで……」
すると先輩が手をのばして、私の頭を優しく撫でてくれる。
「ごめんね、笑っちゃって。少し腫れてるかな?いい音したからね」
「……でも、隣に先輩がいてくれてよかったです」
「え?」
「だって、一人だったら恥ずかしくていたたまれませんもん。ちょっと大笑いで傷つきましたが、でもこうやって笑って貰ったほうが、却って良かったかなって」
恥ずかしさを誤魔化すようにそう言って、「えへっ」と笑って見せると、沖田先輩は翡翠色の瞳を丸くした後、わずかに頬を赤らめる。
うん?これってもしかして、先輩照れてますか?うわ。珍しいものを見ちゃった!
今度は私が目を丸くする。
すると沖田先輩は急に私の頭を自分の肩へと抱き寄せて、少し意地悪な口調で笑った。
「眠いんでしょ?なら、こうしてあげるからもう少し寝てなよ」
「い、いやいや、け、結構です!」
「うん?」
「は、恥ずかしいじゃないですか」
「僕は全然平気だよ?」
「や、私が!」
「駄目。こうする」
「ななな、なんでですか」
「どうせ頭、痛いんでしょ?クッション代わりに、ね?」
「むう……」
「ほら、黙って言うこときく。一君には内緒ね?」
その言葉に付き合い始めたばかりの斎藤先輩の顔を思い出し、私はますます真っ赤になってしまう。
「くすくす。ほんとにきみは可愛いね。一君にはもったいないよ。ねえ。きみの駅に着くまでの間だけ、僕のものになって?」
耳元で囁く沖田先輩の、本気とも冗談とも付かない言葉に胸がどきどきしてその顔が見られず、私は先輩の肩に頭を預けたまま、眠った振りをしたのだった。
(ところで、きみはどこの駅で降りるの?)
(お、沖田先輩こそ!あれ、でも先輩って電車通学でしたっけ?)
(今日だけ電車通学かな?なーんて♪駅できみを見かけたから、どこまで帰るのかと思ってついてきたんだよ♪)
(え、ええっ!?)
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