邸の裏庭

□一寸総司
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むかしむかし、あるところに、歳三おじいさんと千鶴おばあさんが住んでいました。二人には子どもがいなかったので、おじいさんとおばあさんは神さまにお願いしました。


「神さま、親指くらいの小さい小さい子どもでもけっこうです。どうぞ、わたしたちに子どもをさずけてください」


すると本当に、小さな小さな子どもが生まれたのです。ちょうど、おじいさんの親指くらいの男の子です。二人はさっそく、一寸総司という名前をつけてやりました――





が。




「オイ、総司!!テメェまた俺の句集持ち出しやがったなッ!!」
「へへーん、その辺に置いておくのが悪いんですよー」
「どこへ隠しやがった、とっとと出しやがれ!」
「やですよー、欲しけりゃご自分で探してくださいー」



毎日毎日、土方さんと句集を巡って追いかけっこをしている僕。小さいから隠れるのにはもってこいだ。うん、便利だね。さあ今日はどこへ隠れようかなあ。

だけどさ、ただひとつの難点はどこへ行くにも時間が掛かってしょうがないってこと。はぁ、面倒くさいなあ、まったく。

なんてことを思っていたら、珍しく土方さんに捕まってしまった。



「捕まえたぞ、総司」
「わ、ちょっとそんなに握り締めたら潰れちゃうじゃないですか」
「煩せェ、このままほんとに握りつぶしてやろうか!?毎日毎日悪戯ばっかりしやがって!!」


そんな土方さんを苦笑交じりに宥めてくれたのは千鶴ちゃんだ。


「ま、まあまあ、土方先生。そのへんで」
「ったく。毎日だらだらしやがって、ちっとは働きやがれ」
「えー、こんないたいけな子供を働かせるなんて、土方さんは鬼ですよ、鬼!児童福祉法違反で訴えますよ」
「何馬鹿なこと言ってやがる。テメェ、なりは小せえがもう18だろうがよ!十分に働ける年じゃねえか」
「あーあーあー、聞こえないー」
「総司ッ!!」


ああもう、煩いなあ。そんな耳元でぎゃんぎゃん吼えないで欲しいんだけど。しょうがないので僕は大きなため息をついて土方さんに言ってやった。


「はあ。しょうがないから都へ行ってバイトしてきてあげますよ。なので旅支度よろしく」
「そッ……」
「土方先生、そのくらいいいじゃないですか。あ、ほら、沖田先輩、ここにいいものが」


そう言って千鶴ちゃんが用意してくれたのは、僕にちょうど良い長さの針の刀。それから藁の鞘。まあしょうがないね、これしか合う物がないんだから我慢してあげるよ。

それにしても、ほんと土方さんは使えないんだから。口ばっかりでちっとも動かないんだから。



「……全部聞こえてんぞ」
「聞こえるように言ってるんですから当たり前でしょ」
「そ、」
「土方先生、一々怒っていてはお話が進みませんから!」
「ちっ」
「あははははは、さすが千鶴ちゃん!こんな時は役に立つよね、君も」
「………重石をつけて漬物樽に沈めますよ」
「やめろ千鶴。明日から漬物が食えなくなるじゃねえか……」


あはははは!良いコンビ。そんなことを思って笑っていると、千鶴ちゃんから黒いものがちらりと零れた。


「まあいいです。後でアリスちゃんにチクっておきますから」
「え゛!?」


あ、いや、それはちょっと辛いなあ。

アリスちゃんの名前に一瞬たじろいだ僕に、千鶴ちゃんはにやりと笑うと川におわんを浮かべて船をつくり、一言言った。


「はい、このおはしで舟をこいで、とっとと行ってきやがれ、です」
「……オイ。人が変わってんぞ、千鶴」
「煩いですよ、土方先生」


あーあ、土方さんが引いちゃってるよ。ま、いっか。とりあえず言うこと聞いておいてあげる。でも後で覚えておきなよ?

というわけで僕はおわんの船を、自分でも惚れ惚れするくらい上手に漕いで都へと出かけたわけなんだよね。



そうして都についた僕は。

人々の足に踏まれないようにひょいひょいと通りを歩いて、(たまに犬や猫に追いかけられたけど)都で一番立派な家を訪ねたわけなんだ。

そしてその家の表札を見れば、なんとそこには「華岡」の名前。おお!!これはこれはひょっとして!僕の愛しの彼女、アリスちゃんの家じゃないの!?

うきうき・どきどきした僕は、玄関に立つと精一杯の声でお屋敷の中へと呼びかけたわけなんだけど。



「おーい、アリスちゃーん!」
「…………誰だ」


うわ……

出てきた人間を見て僕は思い切り顔をしかめてしまった。だってだって、よりによって一君だよ。はぁ。



「おかしいな。今確かに声がしたのだが」
「……一君」
「うむ。俺の気のせいか」
「一君」
「む。気のせいだ、そうだ気のせいだ。ここには誰もおらぬ、俺は何も聞いてはいない。では、そう言うことで」
「ちょっと一君!それ、聞こえてるよね?聞こえててわざとやってるよね!?」


わかっててスルーしようとする一君にそう叫ぶと、ようやく彼は仕方なさそうに僕の方を見てくれたんだけど。


「…………」
「………なに」
「…………ふっ」
「……だからなに!」
「小さいな」


蒼い目を細めて凄く凄く嬉しそうに笑うのは止めてくれない!?その、勝ち誇ったように笑うのは止めてくれない!?


「今は僕の背丈なんて問題ないんだよ、一寸総司のお話なんだから。それより、とりあえず中に入れなよ」
「さて、どうしようか」
「何、その言い方」
「あんたが下手に出れば、考えてやらぬこともないが」
「ちょっと。珍しく自分のほうが大きいからって、態度まで大きくなるのは納得いかないんだけど」
「別に態度が大きいわけではない。アリスに使える従者として、訪問者に対し警戒を怠らぬのは当然のこと」
「ああもう!良いから中に入れなってば」
「それが人に物を頼む時の言いようか?」


なんて、一君と不毛なやり取りをしていると、奥から人の出てくる気配。やがてひょっこり顔を出したのは、咲夜だった。






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