短編

□五月晴れ唄
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――――…

未の刻を少し回った頃、昔から見慣れた景色が目に入る。


踏鞴村の木で作られた外壁と大きな門が見えた。遂に到着したのだ。
ゆう姉さんに早く逢いたくて急ぎ足で村へ向かう。



門番に帰宅を知らせて正門を開けて貰えば、ギギギと重量感の音を立てながら門が開く。
中に入る途端、近くに居た顔馴染みのおじさん達は僕の顔を見るや否やニヤニヤしながら「ほら、あそこにいるぞ」「なんだ。まだ尻を追っかけてたのか」「がんばれよー、田村の倅!」など言ってくる。
ガハハと笑い、肉刺だらけの大きな手でからかい混じりの激励をされながら叩かれた背中が痛い。
仮にも忍者を目指している忍たまなのに、僕ってそんなに分かりやすいのだろうか…



何時もの様に石火矢や鉄の売買を目的とした人達や商人で村は活気付いている。
町にも匹敵するくらいの人混みの中、目的の人物の背中を見つけた。
旅の疲れも忘れ、ぶつからない様に人と人の間を器用にすり抜ける。安心感と嬉しさで顔に笑みが浮かぶ。


『ゆう姉さん!』

「三木ヱ門! 早かったですね。」

大声で姉さんの名前を呼べば僕だとわかったのだろう、満面の笑みで名前を呼び返される。
あぁ、その笑顔だけでも旅疲れと学園生活での荒んだ心が癒されます!!
ゆう姉さんに振り向いてもらえる様、努力し自分に素直になることを決めてからのだ。
人目も憚らず抱き付けば周りの男から悔しげ混じりの羨望の視線を向けられる。ふふん、いいだろう。これは僕だけの特権なんだから。
その中には昔僕をイジメていたやつらの顔もちらほらとある。姉さんにいまだ声を掛けるどころか、顔も覚えて貰ってないお前等には到底無理だろうけどな。

夕飯の買い物だろう。手には籠いっぱいに入った野菜を抱えている。
女性に重い物を持たせえる訳にはいけないので、姉さんが抱えていた野菜の入った籠を無理やり受け取る。見た目通り結構な重量感だ。忍術学園で日々鍛えている僕にはどうって事は無いが、姉さんにはかなり重いだろう。
『三木ヱ門もやっぱり男の人なのね。』自分の荷物と籠を軽々と抱えた僕に向かってぽつりと言った。その言葉でゆう姉さんが僕を弟ではなく異性として見てくれてる事がわかった。どうやら見込みはあるらしい。いつもは会計委員会中にまで委員全員に鍛錬をさせるギンギンに忍者している六年の潮江先輩に心の中で感謝するとそのまま姉さんが一人で暮らす家へ二人で向かった。




『さ、疲れたでしょう。今日は端午の節句だし菖蒲湯を沸かしているわ。
 ゆっくり入っておいで。』


ゆう姉さんのお言葉に甘えて風呂を先に頂く事にした。
風呂場の中に入ると檜で出来た湯殿と湯に浮かぶ菖蒲のいい香りがする。菖蒲湯なんて忍術学園に入学する前の幼少以来だし、今日が端午の節だなんてすっかり忘れてた。

中は湯気が篭って視界が真っ白。旅疲れを癒す為に体を清め、湯殿に浸かる。あぁ、気持ちい…
カタンと引き戸の向こうから音が聞こえた。着替えを持ってきてくれたらしい。
着替えは休暇のたびに帰ってはしょっちゅう姉さんの家に泊まっているので特に心配は無い。


ほこほこと良い感じ体が温まった頃に湯船をあがる。浸かりすぎると頭に血が上って逆上せるからな。
体を乾かし、風呂場を出ると何やら姉さんが忙しそうに動いている。


『三木ヱ門。もう出たの。』

「ええ。お風呂、ありがとうございます。」
「忙しそうですね。何か手伝いますか?」

『大丈夫よ。今、お客さんが来てるの。』

「お客さん?」



視界の端に男物の黒い着物らしき物が映った。
姉さんの是定の言葉と共に目線が指す方向を向く。




「…!!」


「やぁ。お邪魔しているよ。」
「お久しぶりです。イキナリどうもスミマセン…」


居間に居た意外すぎる人物に限界まで目を見開く。
黒い忍装束を真昼間から纏い、顔のほとんどを包帯で覆っている男はタソガレドキ忍軍忍び組頭の雑渡昆奈門と私服を着たその部下、諸泉尊奈門。
悪名高く、忍術学園と敵対関係にある城の忍びが一体何故此処に!?
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