短編

□五月晴れ唄
3ページ/3ページ

「な、ななな、何故此処に悪名高いタソガレドキの忍者が!?」



『あら、知り合い?』

「姉さんこそ!この人達が誰だか解ってるんですか!?」


話を聞いていたのだろう。厨から急須と湯飲みを乗せたお盆を抱えてのほほんとやって来る。
とんでもない人物を家に招きいれるなんて、この人は少し危機感が足り無すぎる!!


『この前会った時に言ったじゃない。私が奉公に出ているお城でおばちゃんたちが集団執務放棄したって話。』

「確かに言ってましたね、そんな事。
 でも、その話とタソガレ軍に何の関係が!?」



「決まってるじゃない。それは私がゆうの奉公先であるタソガレ城の忍び組頭だからだよ。」



「同じくタソガレ忍軍の諸泉です。ゆうさんにはいつもお世話になってます。」

『組頭はそのお城お抱えの忍者なの。』



しれっと重大な事を言い放っては懐から出した竹筒に入れてある雑炊を太めの吸い口で飲む雑渡昆奈門。
胡麻粒ほどに思ってもいなかった事実に驚帽する。何を言えばいいのかわからなく、口を金魚のごとくパクパク動かす。驚きで言葉も出ないってこの事を言うんだろうな。
まさか姉さんの奉公先がタソガレ城だったなんて…今まで知らなかった自分が情けない…
せも何故こんな評判の悪い城でゆう姉さんは仕事をしているんだろう? まさかタソガレに脅されてるとか?!
もんもんと考え込むそんな僕を横目に、気にせずに姉さんは卓袱台にお茶と茶菓子を並べていく。あ、柏餅とチマキだ。そっか、今日は端午の節句のハレの日だもんな…
目の前に並べられた茶菓子にパクパクと手をつけるタソガ忍者達。この二人は遠慮と言う言葉は知らないのか…?


「相変わらずゆうちゃんの作る料理は美味しいね。いつでも食べていたいくらいだよ。
 尊奈門なんてゆうちゃんが食事当番の時はどんなに嫌いな物でも残さずに全部食べるし。」
「…そんな組頭だってゆうさんが当番の時は誰よりも真っ先に食堂へ駆け込むくせに。」

『ふふ。そう言ってくれて嬉しいわ。』


…タソガレ軍ってこんなにほのぼのとした雰囲気を出す連中だっけ?

腑に落ちないことばかりで何だか気に食わない。三人が親しげなのも拍車にかかって機嫌が降下して行く。
腹いせに雑渡昆奈門が顔に巻いている包帯の下にある素顔を見てやろうかと思ったのに、流石タソガレ軍の忍組頭…隙が無さ過ぎる。目に見えぬ早業で食べるなんて。
部下のさんと柏餅を奪い合っている姿が酷く大人気ない。いい年して何やってるんだ、この人…


先ほどの姉さんの言葉を思い出す。姉さんの奉公先と言えば、先日おばちゃん達が集団で仕事を放棄したって城だよな?となると、城中の男共が慣れない水仕事をしていたって事になる。要するに当然、忍者隊達もだ。優秀な忍の集団である雑渡昆奈門をはじめとしたタソガレ忍軍がお城のおばちゃん達の尻に敷かれて女性の仕事である炊事をしている姿を想像してみると、何だか面白可笑しい様な、呆れる様な、同情する様な複雑な感情になってしまい、口から乾いた笑が出てしまう。

そう物思いにふけっていると、自分の前にあったチマキと柏餅がいつの間にか視界から消えている。
チラリと前を見ればもごもごと口を動かす雑渡昆奈門。口元は頭巾に覆われて見えないが、あの満足した顔を見る限り犯人は高確率でアイツだ…
現にその横では申し訳なさそうに縮こまっている諸泉さんが何よりの証拠である。
いや、ゆう姉さんの料理が美味しいって事は誰よりも僕が知っているし、認めるさ!
だけど、何よりも久しぶりにその手料理が食べられると思って楽しみにしていたのにそれを横取りされた事に殺意を抱いた自分は絶対に悪く無い!
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ