短編

□月へ焦がれるかぐや姫と羽衣を奪った忍び
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『孫兵にとって幸せの定義って何かしら?』



秋の空気を告げる夕暮れの中、長屋の縁側に腰を下ろしたゆうは口を開いた。

「…何なの、突然。」

突拍子も無い質問に呆れ気味に見つめる。
かれこれ学園に入学してから数年の付き合いだが、今だ二つ年上であるくのたまの彼女の思考は読めない。
友達以上恋人未満の曖昧な関係の僕等。


『ただ、何となく…ね。』

「そう。」


ススキ風に揺れては秋の切なさ醸し出す。

神無月の風が冷たくて身体を震わせる。外の空気は昼間と打って変わって冷たく、もう少し着物を着込んで来ればよかったかも。
首に巻きついてるじゅんこが寒そうに身震いをする。
最近は結構寒くなってきたし、寂しいけど近い内には冬眠するだろうな。


『でも、時々思うの。もし私がくの一じゃなく普通の女の子をしていたらなって。』
『生きる為に忍びの道を選んだ自分が言うのも何だけど、そうしたらさ…手を紅に染めないで…普通に暮らして、結婚して、子供を産んでたんだろうなって…。』
『所詮、夢のまた夢だけどさ。』



『陽炎稲妻水の月。どんなに必死に焦がれても決して手に届かないんだよね。』

「…」


黒曜石の瞳が揺れる。
この乱世で生きる選択を茨の道でも選ばざるをえない物は少なくは無い。彼女もその一人だ。
闇に生きる僕らにとって普通の幸せを掴む事がどんなにも眩しい物か。それでも手に入らない物に手を伸ばし、それが決して掴め切れない事を彼女は知っている。
物憂げな瞳をした寂しげな横顔を夕日が照らす。


「忍びである自分にとっての幸せは一体何かわからないし、世界の定義がどれ位な物かわからない。」
「けれど、愛しい君やじゅんこ、きみこ、きみ太郎や大好きな毒虫達と居ることで胸の奥がぽかぽかと暖かくなるのを感じるんだ。これが僕にとっての幸せなんだと思う。」

普段と違い、自分でもらしくない位ぽろぽろと言葉が出て来て感情が高ぶる。

「でも、もし…もしその中で残りを見捨ててでもどれか一つしか大切な物を選べないとしても……」




「…それでも僕は欲しい物を全て手に入れる。」



腕を引き寄せ、抱きしめる。思いがけない突然の行動にゆうは目を丸くして驚いている。
華奢な体は少しでも力を込めると折れそうなくらい細い。肩に顔をうずめれば彼女の甘い香りが鼻腔をくすぐる。

額に口付けをひとつ落とす。

長年かけてやっと見つけた僕にとって心の拠り所である陽だまりの君…
絶対に決して離さない。


「例えどんなに手が届かなくても僕は諦めないで追いかけ続ける。自分の夢も、友達も、じゅんこも、……そして、君も。」

『ま、ご…へ?』


遠くを見つめる君の姿がまるで月に帰るかぐや姫に映った。
生存、僕は蛇の様に諦めが悪い。
僕の手から離れるのなら、羽衣を奪い、逃げ出せないように縛り付け、自分しか移らないように鳥籠の中に閉じ込めて置く。泣き喚いても抜け出せないよう、逃げ出したいと思わせない様にその美しい髪から爪の先まで全てを愛し、甘やかしてこの腕の中に収めて。
仲の良い同級生や先輩後輩すら入り込める隙も与えない。
それはまるで、狡猾な蛇のように。



「だから君は…ゆうは一生僕の傍で笑っていればいい。」

『……うん…』





月へ焦がれるかぐや姫と羽衣を奪った忍び


 

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