NOVEL

□汚れぬ心の行方
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昼下がり。
二人は路地裏で冷たい壁を背にもたれ掛かっていた。
理由は簡単だ。また、追われた。
西ブロックでは誰かが追われている等珍しいことではない。
逃げ切るには自分たちで逃げるしかなかった。
だから、紫苑はネズミに遅れをとらないように追いかけ今路地裏に落ち着いている。

「逃げ切れた…か」
「ネズミ…なんで挑発なんて」
「挑発したつもりはない。ありのままを話しただけだ」

その男たちが叫んでいた。
ネズミが自分たちを貶し挑発してきたのだと。
でも、ネズミの“ありのまま”は大抵挑発と取れてしまう言葉でもある。
たしかに間違ってはいないのだからネズミは挑発したなどという自覚はないだろうが。
一息吐き出してネズミは口を開いた。

「あいつら、俺のファンなんだって。それで一夜を共にすごしたい、そう言ってきた。生憎、俺にはあんなオヤジと寝る趣味はない」
「そうだったんだ。…で、きみはなんていったんだ?」
「あんたら正気か、俺は若いの専門であんたらみたいな欲望に溺れ、汚れきったオヤジに興味ないって、それだけ」
「…」

充分な挑発だった。
追いかけられるだけの理由はあるのかもしれない。
でも、そんなことをネズミに言うからには男たちは既に男を抱いたことがあるということだろう。
でなければ、ファンであるはずの人間が同性を抱きたいなどと言えないはずだ。
快楽に溺れさせる自信がある男たち。

―…ネズミが逃げてくれてよかった。

一度深呼吸をして呼吸を整える。
紫苑にとってこの話は笑い飛ばせるものではなく、心底不安な内容だった。
ネズミがもし男たちに襲われてしまったら…乱れた姿で息を切らし、服が引き裂かれたとしたら…紫苑は全身に寒気が走った。
そんな事には気づきもせずネズミは話し出す。

「でも、逃げている時にあんたに会うとは思わなかったけど」
「…うん。ぼくもまさか走ってるネズミと出くわすなんて思わなかった」
「さぁ、もう帰ろう。あいつらも行ったみたいだ。騒ぎが止んだ」
「うん、そうだな」

路地裏から足を踏み出して二人は地下室へ向かう道を歩いていった。


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