短編小説

□君の隣にいさせて
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その唇が、誰かの唇を塞いで、彼の体をあつく染め上げる未来がいつか来てしまうとしたら。いや、すでにそんな現実が起こってしまっているとしたら、僕はどうしたらいいんだろう。

「岬?どうしたんだよ怖い顔して」
「い、いや。なんでもないよ、尚也」

俺たちは高校の頃からずっと一緒にいた。それは大学に進学した今でも変わらない。尚也はいつだって俺のそばにいてくれて、内気で人見知りな俺と仲良くしてくれている。高校一年の時に初めて俺に話しかけてくれた彼は、今や俺にとってなくてはならない存在だ。

「そう?なにか困ったことあったら、いつでも俺に言ってくれよ?」
俺は岬のことが一番大事なんだから、と笑顔で言いながら俺の方をみる尚也。あー、もう。どうしてそんなにかっこいいんだよ。
俺は尚也にもうずっと片想いをしている。
気づけば片想い歴は四年目を迎えている。自覚したのは高校一年の秋頃だったと思う。曖昧なのは、たぶん初めて会った時にはもう惹かれてたのかも、と思うから。
キラキラした笑顔の似合う尚也はいつだってみんなの人気者だ。大学に入り、交遊を広げる彼とは違い、俺は部活には入らず、やっと始めたコンビニのバイトで手一杯。人と話すのが苦手なんだよな、昔から。その点では尚也はあまりに俺と正反対すぎた。何度となく俺は何故尚也と友達でいられるのだろう、何故仲良くしてくれるのだろう、と思っていたが、単なる友達の一人でしかない俺がそんな重いことを聞いて引かれるのが怖いので聞けずにいる。

彼が食事中に舌舐めずりをして口の端についたケチャップを拭い去る動作や、水を飲み干す喉仏に欲情するだなんて、本人に言えるはずがない。
「ほんとになんでもないよ、尚也。ありがとう」
俺の精一杯の笑顔で笑うと、彼はため息をついた。なにかいけなかったのだろうか。
「ん〜昔から俺は岬の笑顔に弱いんだよ。それをされると俺がつけ入れないの、わかってやってる?」
「はあ?どういうこと」
たまに尚也はわけのわからないことを言うのだ。そう聞くと尚也は、なんでもないよ、とはぐらかすのだ。
「あ、そうだ。俺最近バイト始めたよ」
そういえば尚也にいってなかったな、と思い不意に話したが、尚也はそれを聞くなり目を見開き、食べかけのハンバーガーでむせたようだった。

「え!?いつから、どこで」
「ちょっ…なんでそんなに驚くの。質問ばっかじゃん」
「だって驚くよ。人見知りキングな岬が」
「俺のことディスってるでしょ」
「ごめんごめん、で?」
「あ〜、A駅の最寄りのファムマだよ。来週で一ヶ月くらいかな」
親にバイトくらいして社会勉強しなさい、と言われ初めてみたが、そういえば尚也には言ってなかった。こんなに興味持ってくれるとは想定外だった。恥ずかしい話、俺に対してはちょっぴり過保護な尚也は、バイトすると言ったら見に行くとかいいそうだからできたらちょっと慣れるまでは内緒にしときたかった、というのも本音である。好きな人には恥ずかしい姿は見られたくない。
「はあ?!そんなになるの?なんですぐ言ってくれないんだよ」
「だって、…なんか恥ずかしいし」
「え〜岬の働く姿みたい」
「やだよ、恥ずかしい」
「絶対行くから。シフト教えて」

小一時間ほど駄々をこねられ、シフトを少しだけ教えてしまったこと、俺は少しだけ後悔している。だって同じ時間に高校生の可愛い女の子が入っているから。いい子なんだけどお喋り好きな今時の女子高生だから、きっとかっこいい尚也に惹かれるだろうな、なんて思ってしまうあたり、おれはやっぱり重たい男だなあ、なんて思ってしまうのだ。
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